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偽りのα 第4話

 中等部に入ってまだ間もない時期に起こった事件が、薫にそれを実感させた。  薄暗い事件現場に飛び込み、今にも凌辱されかけていた望を目の当たりにした瞬間、自分はキレ、我を失い、そこにいた奴らを次々と殴り倒した。  ……相手が戦闘不能になっても暴行をやめない薫を止めたのは碧だ。 「待て、薫! 殺す気か!?」 「こんなやつら死んで当然だ!」  自分を拘束する碧に腹を立てた薫の肘が、碧の顔面にヒットした。  衝撃に唇が切れ、鼻血が唇と顎を伝って垂れ落ちる。  それでも碧は薫を放さず、より一層強く抱きしめた。 「……落ち着け、薫。落ち着け。もう、終わった。もう終わったんだ……。大丈夫だ。望は無事だった」 「無事なわけ…あるか。あんな…」 「それでも――最悪ではない。俺たちは、間に合った。おまえが、その拳を汚す必要はないんだ、薫。おまえが、そこまでしなくていい。どうしてもというなら、俺がやるから」 「あおい…。碧…? …ごめん! おまえ、血が…」 「気にするな。こんなのなんてことはない」  碧は痛そうに顔を顰めつつも、唇を笑みの形に変えた。 「俺の兄のために、怒ってくれて、ありがとうな。一緒に、助けに来てくれて、ありがとうな」 「――」  …………ちがう。ちがうんだ、碧。  俺がキレたのは、――かつて己がされたことを思い出したからで。  俺は…、俺は――、 (まだ、あの時のことが許せないだけなんだ……)  はじめてΩと寝たのは初体験を済ませて半年ほど経った頃だった。  夜の世界にも、少し慣れ、自分は調子にのっていた。  興味津々でΩを抱いたものの、しかし、いざ事に及んでみれば……  期待外れ。  この一言に尽きる。  確かにΩのフェロモンは躰の興奮を促したが、――逆にそれがひどい違和感をもたらしてもいた。 (これなら同じαである碧の方が、よっぽどいい匂いがする)  ……なんてことを考えていた。  たぶん、それが態度にも出てしまっていたのだろう。  そっけなさが逆効果に働き、戯れに抱いたΩに執着された。  夜の街ではけっこう人気があるΩだったらしく、粗雑に扱った(そんなつもりはなかったが…)年若いα相手に対し、いたくプライドを傷つけられたのだと思う。  ……ただ、この頃の自分は周囲に大人びて見せてはいても、まだそういった他者の心の機微に(うと)かった。  そして、早熟で、学校の同級生たちよりよっぽど世の中の仕組みをわかっているつもりになっていた。  しかし、所詮それは見せ掛けだけのことで、まだまだ尻の青い子供が粋がって大人のふりをしているに過ぎなかったのだ。

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