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偽りのα 第5話

 世間知らずな上に、無知蒙昧な子供だった薫は、  ――危険な夜の街で(うごめ)く、(みにく)い大人たちの薄汚れた洗礼を受けることになる。  ある晩、薫は徒党を組んだΩに襲われた。  そいつらは、薫の飲み物を強い酒入りのものにすり替えて酔わせ、クラブの奥の部屋に連れ込み、――薫を逆レイプした。  αは、βやΩと比べ、あらゆる能力に秀でたヒエラルキーの頂点に立つものとされているが、――そんなものは特権意識を持つ一部のαが広めたまやかしに過ぎない。  薫は、それを、集団レイプによって、身を持って思い知らされた。  αは、決して万能でも完璧な存在でもない。  ――一歩間違えれば、Ωにだって組み伏され、支配され、苦汁を舐めさせられることがあるのだ。  この世界は、まやかしによって成り立っている。  あいつらは欲望の権化だ。  己の欲を満たすためならなんでもする。  欲望の前に理性など塵芥(ちりあくた)に等しい。  欲に忠実で、欲に従順。そして欲の奴隷だ。  欲に狂ったΩの相手を何人もさせられ、――それでも隙を見て、なんとかその場を脱する胆力が残っていたのは、やはり自身がαだったからだろう。  やつらは薫を共有αとして監禁し、性奴隷に仕上げる計画を立てていた。  周期的なヒートに悩まされるΩにとって、確実にそれを沈めてくれるαは利用価値があり、当時、まだ年若いαだった薫は、やつらにとって好都合な獲物だった。監禁するにも調教するにも、大人よりも子供の方が断然扱いやすいのは、過去におこされた悪辣で非道な数々の犯罪からも立証されている。  追ってくるΩたちに再び捕まりそうになった薫を助けたのは、たまたまクラブ近くを通りかかった碧の兄、雛森(ひなもり)(みさき)だった。  薫は岬に救われた。  だから薫には、岬にいまだ返せていない大きな恩がある。  望の暴漢事件の時――、  岬の弟である望を助ければ、その恩を返せるという打算が働いていた。  とくに親しくもなかった望のために積極的に動いたのは、だからである。  ――なのに、純粋な碧は薫のそんな思惑などにまったく気づきもしないで、心の底からの感謝を向けてきた。  ……馬鹿な碧。  ……かわいい碧。  しっかりものなのに、どこか抜けたところのある自分の親友。  純粋であるがゆえに、人の醜さや悪意に疎く、理不尽な悪感情すら誠実に受け止めようとする。 (――他の誰にも傷つけさせはしない)  ましてや、園原のような薄汚いΩなどに、指一本触れさせてなるものか。考えるだけでおぞましい。  もちろん、薫が園原から聞きだした奸計を碧の耳に入れる気など毛頭なかった。これは内々に処理するべき案件である。  しかし、伝える気はないものの、その一方で、今ここに碧がいれば、…とも思った。  碧の清涼な香りを嗅ぐだけで、きっとこの荒れた心は拍子抜けするくらいあっさりと鎮まるに違いないのに――。  碧のフェロモンは薫を昂らせもするが鎮めもする。  しかし、同じΩである園原の、…この身に纏わりつくような粘着質な匂いには、不快感しか覚えない。  ……今の時代はΩのフェロモンを増強させる誘発剤…なんてものも認可されているから困ったものである。  園原はそれを使っているのだろう。  おかげでこっちは食傷気味で、いい迷惑だ。  抑制剤もあれば、当然その逆の誘発剤もある。  無理矢理Ωを発情させる薬まで裏では出回っているというのだから怖い世の中だ。  自覚のないΩなど、格好の餌食でしかない。 「やれやれ……、どうするかな」  窓の外に溜息とともに呟きを落とす。  ぬるま湯のような今の関係にどっぷりとこのまま浸っていたい気もするけれど、――そろそろ限界が近い。  せめて卒業までは……と思わないでもなかったが、物事には逃してはならない時機というものが在る。今がその時だと薫は自分にゴーサインを出した。  前代未聞の風紀委員長が誕生することになるだろうが、それはそれで面白いではないか。  ――いずれにせよ、地盤を固め、根回しをし、早急に手を打つ必要があった。 (あの人にも一言言っておかないと……あとで(うるさ)そうだしな)

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