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2.魔術師の不在(1)

 薄暗い路地に静かに風が吹き抜けたとき、そこに残っていたのは、イスナと呼ばれた玄族の青年と、綺羅、そして蓮亀だけだった。  背を向けていたイスナが、静かに蓮亀を見た。   綺羅は、静かに蓮亀の前に立ち、イスナを見た。 「綺羅、…大丈夫」  イスナにこちらとの戦意が全くないことを知っていた蓮亀は、綺羅の前に出ると頭を軽く下げた。 「お礼はあなたの主人に言うべきなのだろうけど…」  静かにこちらを見る青年は、蓮亀と同じように頭を静かに下げると、そのまま、音もなく幽かになり、消えていく。  完全に消えたことを蓮亀は確認すると傍らの綺羅を見て、微笑んだ。 「帰ろうか」  綺羅は微笑を浮かべると頷いた。 「うん」  玄関を開けると、そこには家政婦の久宝節子がにこにこと笑って立っていた。 「おかえりなさい、蓮亀さん」 「ただいま、節子さん」  いつものように帰宅の挨拶を交わすと、節子は脱いだ蓮亀の上着を受け取る。 「お腹すいたでしょう。夕ご飯にしますか?お風呂?」 「ごはんがいいな。少し休んでから食べます」 「はい」  節子は嬉しそうに鼻歌を歌って廊下の奥へと消えていく。 「あ、節子さん?」  かすかな違和感を感じて、蓮亀は、節子の後ろ姿に声を掛けた。 「はい、なんですか」 「なにか、あったんですか」  蓮亀の言葉を聞くなり、節子は口元を押さえた。 「蓮亀さんには隠し事できませんね」  そういって、エプロンの胸ポケットから、一枚の紙を出した。 「東輝さまから、絵葉書が届いたんです。お食事の時に、お見せしようと思ってたんですよ」 「父さんから?わあ、いま、どこにいるんだろう」  蓮亀は、節子が差し出した絵葉書を受け取ると、写真を見、宛名面を見た。  細かな字で、英文らしき文章がハガキの半分に書かれている。 「私には学がなくてなんて書いてあるのかわかりませんから、蓮亀さん、あとで教えてください」 「わかりました。とりあえず、元気だそうです。今は、アフリカにいるそうです」 「まあ、そんなに遠い地に?こちらと違って暑いんでしょうかねぇ…」  絵葉書に目を通しながら、階段を上がっていく蓮亀を見送って、節子は再び台所へ消えていく。

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