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2.魔術師の不在(2)
自室に戻り、部屋着に着替えると、蓮亀はベッドに身を投げ、届いた絵葉書をもう一度見た。
写真には南アフリカ、『喜望峰』が写っている。
蓮亀は写真を眺めていたが、宛名欄の下半分に書かれた文章に目を通した。
英文に見える文章は、いつものようにすべてラテン語で書かれていた。蓮亀は、癖のある、まるで糸が舞うような筆記体の文章を読み始めた。
『遥かな海、愛しき面影を探す。おまえは元気か?まだ、この海から帰ることはないだろう。東輝』
愛しき面影とは、妻であり、蓮亀の母親のことだろう。蓮亀は、再び写真を見た。
美しい岬が写っている。どこか寂しさを覚える海の表情。観光地のはずのこの絵葉書を、東輝が選んだのは、間違いではなさそうだ。
蓮亀は、母親のことを何も知らなかった。
写真一つ残っていない母親は、名さえも残さなかった。困ったような、悲しげな顔をする節子に聞いたところ、どうやら死んでいるらしいことはわかった。
海外から帰ってきた東輝が抱いていたのが、赤ん坊の自分だったらしい。普通ならば血縁親子関係を疑うだろうが、そんなことはなかった。
東輝の幼いころを知っていた節子が、幼い蓮亀を見て間違いなくその息子だと自信を持っていたからだ。
蓮亀は、己の中に流れる魔術師の血を感じ取り、修練を重ねるうちに、それが東輝と同質のものであると確信したときから、疑うことはなくなった。
今から十年前のことだ。
「綺羅」
蓮亀は、静かにその名を呼んだ。
なに?蓮亀。
静かに返答が聞こえ、淡い水色の光が現れる。
水色の髪。同じ色の輝きをした瞳。
その姿を見ると、不思議な、懐かしい気持ちになった。
十年前から、あまり変わらない姿を見て、蓮亀は微笑む。
「蓮亀…?どうかした?」
微笑を浮かべるその顔を引き寄せ、蓮亀は唇を寄せた。
ちゅ、と軽く音を立てて唇に口付けると、蓮亀はベッドに綺羅をそっと押し付けた。
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