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第3話

「橋田くんは、書いたりするの?」 深山はげんなりしていた。 批評会を始める前、集まったメンバーの前で改めて紹介された橋田をサークルの一部の女子が取り囲んで長時間質問ぜめにしている。 斉木がなんとか彼女らを止めようとするが、気の弱いひょろひょろの新会長の言葉は華麗に受け流され全く役に立っていない状態だ。 他のメンバーは特に斉木に助太刀すると言うわけでもなく傍観を決めている。 「橋田くん、大人気だね?」 いつのまにかそばに寄って来ていた竹本がこっそりと言った。ふわんと香るシャンプーの匂いにぽうっとしそうになる。必死の思いでそれを振り払うと深山は頷いた。 「やっぱかっこいいしね、男の俺から見てもイケメンだよありゃ。女子が群がるのもしょうがない」 少しおどけたようにそう言えば、竹本は困ったように笑った。遠巻きに再度人だかりを見る。 世の中やっぱ顔なのかなぁと思う。 (俺が入った時はああはならなかったもんなぁ) 「竹本さんは行かなくていいの?イケメン好きじゃん?」 ちょっとからかってやろうと思ってそんな意地悪を言ったあと、しまったと思って深山は口を噤んだ。 「それどう言う意味」 そう呟いた竹本の顔からは表情が消えていた。 竹本はそのまま深山の顔を見ることなく憮然とした顔で他のメンバーのところに行ってしまった。普段は柔和な竹本だが、男性関係のことでからかうのだけは地雷なのをすっかり忘れていたのだった。 気を許してもらえたと思って、すっかり油断していた。竹本に、嫌われたかもしれない。 冷や汗がじわじわ浮かんでくる。 深山は内心の動揺を出さないように唇を食んだ。 それから結局、批評会が始まるまで10分程度かかった。怒涛の質問と連絡先交換の求めにうんざりした橋田が批評会やりましょうと言ったのに傍観していた部員たちが賛成したのがきっかけだった。 批評会で竹本は斉木の作品について語り、深山の小説について語ることはなかった。 「橋田くんは何か気になった作品はある?」 批評会もいよいよ終盤という頃、斉木が橋田に話を振った。 橋田は少し考えて、口を開いた。 「自分は深山君のやつが一番好きでした」 深山はその言葉にびっくりして橋田を凝視した。 (一番好き?さっき声を上げて笑っていたじゃないか!) そう言ってやりたいのに皆の手前そういえないのがもどかしい。橋田はちらりと深山を見るとふっと笑って続けた。 「主人公の独白が、めっちゃ面白くて。自分と重なる部分もあって夢中で読みました」 深山は自分の頰が熱くなるのを感じた。しかしそれは照れたとか、橋田を見直したとか、好きになったとかでは断じてなかった。 (なにが、『自分と重なる部分もあって』だよ!) 深山の小説はモテない男の独白から始まる。その男が夢みたいな世界に行って、最高の体験をするのだが、蓋を開ければそれは単なる妄想だったというどうしようもないオチで終わる。 モテない男の悲哀や世間への憎しみ、遣る瀬無い思いが橋田のような男に分かるはずがなかった。これはどう考えても深山への遠回しの嘲笑であった。 ちくしょう!ちくしょう! 叫び出したい気持ちをぐっと押さえつけて深山はありがとう、と呟いた。批評会で暴れるわけにはいかない。隣の席の斉木はにこにこ笑うと良かったな深山と肩を叩いた。その手を払わなかったのを誰かに褒めて欲しかった。 (今日は最悪だ……) 批評会が終わったあとぐったりとしながら深山は思った。橋田には馬鹿にされるし、竹本の地雷を踏んでしまった。 正直しばらくサークルに顔を出したくない。 「深山君」 ぼんやりしてると荷物をまとめた橋田が近づいてきた。思わず怪訝な顔をしてしまう。 「何?」 「いや、……俺、深山君の小説、本当に好きだから。それだけ」 なんのからかいもない口調に思わず面食らう。 だってさっきお前わらってたじゃんとか色々言いたいことがあるのに、橋田の真摯な雰囲気に黙殺されてしまう。 橋田は数秒深山を見つめると踵を返した。 このまま部室を出て行くつもりだろう。 なにか言わなければ。深山はごくりと唾を飲み込んだ。しかし悲しいかな、何の言葉も出てこない。ありがとう、はさっき言った。嘘つきーーとも言えない。お前、意味わかんねえよ、は正直な気持ちだが、何のためらいもなくそれを言えるほどの仲じゃない。なにか言わなければならない。なにかーー 「あのさ!」 思ったより大きな声が出て、深山は内心焦った。見ると、橋田が不思議そうな顔をして振り返っている。 「"もえぽよ学園"俺も見てた……ほら、ファイル持ってたから……図書館でさ……」 どんどん声が尻すぼみになっていく。 深山の声は最後にはもごもごと口の中に消えていった。だらだらと汗が滝のように流れている。一体俺はなにを言っているんだ、馬鹿じゃないのか。そう思った。知り合いからもらったファイルなんだよとか言われたら今度こそ死ぬかもしれない。 死因、恥ずか死。 そんな葛藤を知ってか知らずか、橋田は驚いたように軽く目を見開くと言った。 「俺好きすぎてDVD全部持ってる。ーー今度貸そうか?」

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