5 / 17
第5話
これで自分は両親の元へ逝ける。
薄闇が続く視界。
この世界の重力がフィーユに一人にのし掛かる。この世界への生という執着を手放す。
「……フィーユ、フィーユ」
――それなのに、誰だろう。
どこからか緊迫感を纏った声が自分を呼ぶ。
「フィーユ」
その声音は悲しみに覆われ、苦痛を感じさせてくる。まるで、フィーユを失うことを恐れているかのように……。
目覚めれば、朝の眩い柔らかな光が視界に広がる。小鳥たちの囀りが耳に心地好い。
果たして自分は、ここに戻って来るべきだったのだろうか。
あのまま深い闇へと堕ちていけば、何も苦しむことはないだろうことは判っている。それでも、あの悲しい声音を耳にした瞬間、フィーユは戻らなければと思ったのだ。
すっかり見慣れた天蓋から、フィーユは何故か自分以外の人の気配を感じ、ふと隣を見る。同時に、額に乗せられていた水気を含んだタオルがはらりと滑り落ちた。
(これをいったい誰が――?)
濡れたタオルを額に乗せた人物の正体は隣を見ればすぐに知れた。だってこの部屋には自分と彼しかいなかったから。
「キュロス? 何故?」
彼は椅子に腰掛け、両腕を組んだまま眠っている。眉間には深い皺が二本刻まれ、疲労の表情が浮かんでいた。
忘れかけていた――いや、忘れ去ろうとしていた慕情がフィーユの胸を焦がす。
ともだちにシェアしよう!