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第5話

 これで自分は両親の元へ逝ける。  薄闇が続く視界。  この世界の重力がフィーユに一人にのし掛かる。この世界への生という執着を手放す。 「……フィーユ、フィーユ」  ――それなのに、誰だろう。  どこからか緊迫感を纏った声が自分を呼ぶ。 「フィーユ」  その声音は悲しみに覆われ、苦痛を感じさせてくる。まるで、フィーユを失うことを恐れているかのように……。  目覚めれば、朝の眩い柔らかな光が視界に広がる。小鳥たちの囀りが耳に心地好い。  果たして自分は、ここに戻って来るべきだったのだろうか。  あのまま深い闇へと堕ちていけば、何も苦しむことはないだろうことは判っている。それでも、あの悲しい声音を耳にした瞬間、フィーユは戻らなければと思ったのだ。  すっかり見慣れた天蓋から、フィーユは何故か自分以外の人の気配を感じ、ふと隣を見る。同時に、額に乗せられていた水気を含んだタオルがはらりと滑り落ちた。 (これをいったい誰が――?)  濡れたタオルを額に乗せた人物の正体は隣を見ればすぐに知れた。だってこの部屋には自分と彼しかいなかったから。 「キュロス? 何故?」  彼は椅子に腰掛け、両腕を組んだまま眠っている。眉間には深い皺が二本刻まれ、疲労の表情が浮かんでいた。  忘れかけていた――いや、忘れ去ろうとしていた慕情がフィーユの胸を焦がす。

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