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第2話
「お客様?」
「……」
「お客様?大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃ、ない」
「店閉めたいんで、そろそろお会計を……」
「だから、動けない」
閉店間際の誰もいないBAR。
カウンターの一番隅で酔いつぶれていたその男を介抱したのが亜季との出会いで、最初だった。
ブラウン系の落ち着いた照明と控えめに流れるジャズ。
モノトーンで統一された椅子やテーブル、ソファーはオーナーが海外から買い付けたアンティーク品だけあって落ち着いた雰囲気が漂う。
そのカウンター席の一番奥に座り、俯きながらぴくりとも動かない男の肩を揺すりながら俺は盛大なため息を吐いた。
マジかよ、勘弁してくれ……
バーテンダーとしてこのBARで働きだして一年、やっと客の前に立たせてもらえるようになった矢先にこんな状況に出くわすとは……
「……お客様、動けないと言われましても」
「家……」
「はい?」
「お前の家連れてって」
家って……面倒見のいいオーナーなら即OKだろうけど。
あいにく今日はオーナーが不在。
俺しかいない……し、こうなるまで酒をコントロール出来なかった俺にも責任あるしな。
バーテンダーとして、客が頼む酒をさりげなくコントロール出来ないと一人前としては呼べないとオーナーから叩き込まれた割にこの有様じゃ、俺もまだまだ。
それに、この仕事は誰彼構わず遊んでいるとか勝手なイメージを抱く奴が多いが、そんなことは全くない。
俺だって若い時はそれなりに遊んでたし、イケメンだとちやほやされたりもした。
だから相手にも困らなかったし、一夜限りで……と、相手をすることもあった。
でも今はそんなに若くもないし、勿論遊んでもない。
ただ酒を嗜むのが好きで、美味い酒を作って客に飲んで欲しい……そんな想いから俺はバーテンダーになったわけで……
だから、同性とはいえこのまま家に連れて帰るのはちょっと気が引けた俺は、シティホテルに連れて行くことにした。
*
……なのに、ちょっと待て……なんでこうなるんだ。
「俺も一緒に?」
「一人は嫌だ」
「酔いが醒めたら俺は帰って……」
「ダメ」
ある程度酔いが醒めたらこいつを置いて帰ろうとしたのに、腕を掴まれ一緒に泊まって欲しいと迫られた俺は結局流されてしまった。
部屋にはダブルベッドとサイドテーブル、そしてソファーと綺麗な夜景。
そんな完璧なシチュエーションにも関わらず、俺はよく知らない男と一夜を共にすることになってしまった。
それから、一線を越えることなく同じベッドで眠るだけにとどまり、初めてお互いに自己紹介をしてこの男の名前をやっと知ることになる。
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