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第6話
「じゃあ、戸締りしっかりな」
「大丈夫だよ、行ってらっしゃい……政宗」
「おまっ」
「慣れてきたし、“さん”……て、付けなくてもいいかなって」
「当たり前だ、嬉しいよ。今、お前のことすげー抱きしめたいけど仕事行けなくなりそうだから我慢する」
「なんだよそれ、大袈裟な」
「俺には一大事なんだよ、遅れるから続きは帰ったらっ。行ってくる!」
それでも少しずつだけど、前に進んでるような気がした。
今はこれで十分。
そう思いながら、オレンジ色に染まる空を見上げ静かに微笑んだ。
*
「亜季くんの記憶戻ったのか?」
案の定、店に行くと俺の顔を見るなりオーナーが嬉しそうに聞いてきた。
「戻ってないですよ。でも、嬉しいことがあったのは事実です」
「そっか。ならよかったな」
「あの……もしも、オーナーの奥さんが、亜季みたいに記憶喪失になったら……どうします?昨日までは家族でも突然赤の他人のようになってしまうわけじゃないですか。自分でも覚悟はしてるつもりでも、やっぱり俺も不安になってしまって……」
「まぁ、政宗の気持ちも分かるよ。だけど、俺なら過去よりも未来を大事にするかな」
「未来……」
「過去のかみさんもそりゃ愛してる。だけど、それに囚われていたら前には進めない。なら、俺はかみさんとまた恋人からやり直すかな……二度目の恋ってやつ。だから、政宗もそのくらい寛大でいてやれ。亜季くんなら大丈夫だよ」
オーナーに言われたことは、ある意味想定内だった。
自分もそうありたいと……
分かってるんだよ……
分かってる……
*
「ただいま……って、起きてるわけないか」
帰宅して、寝室に入るとベッドに眠る亜季が視界に入って安心する。
いい大人だから大丈夫だとは思ってはいるけど、一人にするにはまだちょっと心配だった。
寝顔を見るだけと、ベッドの横に腰を下ろしてそっとその頬に触れてみる。
久しぶりに触れた肌はひんやりと冷たくて、一度触れてしまうと歯止めが効かなくなった俺はそのまま身を乗り出して亜季の唇にキスをした。
触れるだけの軽いキス。
だけど、久しぶりに触れた唇は温かくて柔らかくて、蓋をしていた想いが溢れそうになりそうだった。
「お前が俺を思い出さなくても、ずっと好きだから。だから、ゆっくり俺をもう一度好きになれ。そしてまたプロポーズさせろよ」
息がかかるくらいの距離からそう呟くと、瞼がぴくりと動いた気がした。
「亜季……起きた?」
「まさ……む……ね……おかえり」
「ああ、ただいま」
「なんか……」
「なに?」
「今、懐かしい匂いがした」
「匂い?」
ゆっくりと目を開け、微睡みながらそんなことを言う亜季は寝ぼけているのか否か。
「……タバコの匂いと柑橘系の甘い香り……今、政宗から香って、なんか……懐かしいなって思った」
それって……
「亜季、お前、記憶戻ったのか?」
「記憶?戻ってないよ……でも、今こうしているのが懐かしい。前にもこういうことあった?」
「あっ……た……と、言えばあった……」
あの時は確か、既に恋人同士だった。
俺が亜季の匂いが安心するって抱きしめたら言われたんだよな。
「そっか……なぁ、朝のあれって」
「あれ?」
「いや、何でもない。今日は、ベッドで眠るといいよ、横……空けとくから」
「は?!い、いいよ、なんだよ急に」
「いや、仕事で疲れてるのに俺だけベッドなんて心苦しい。それに……政宗の匂い……安心するから……一緒に、寝たい……」
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