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第2話
帳は、どこにでもいるような生徒だ。
特出すべき技能は持ち合わせておらず、誰かの記憶に色濃く残れるような強い個性も無い。
趣味も無く、自身の中で他者に譲れないほど、熱く語れるこだわりも持ち合わせていなかった。
そんな帳が進学する際に重視したのは、家からの通学距離のみ。
最も近い高校を受験して、そこそこの結果を出して入学。
なににも関心を示さず、今後の人生でその価値観が揺らぐこともない。
まさに、無色透明な日々を過ごし続けた帳がそう思うのは、なにも不思議なことではなかった。
ましてや、知らない大人たちの話を聞かされるだけの入学式で、価値観が変わるわけがない。
――けれど、その考えはいともたやすく覆される。
新入生と、その保護者。
教師や来賓のお偉い様方が並ぶその会場で、当時生徒会副会長を務めていた夜船を見かけたことが、全ての始まりだった。
たったその一瞬で、無色透明だった帳の世界は色付いたのだ。
帳に、なにが起こったのか……。
――面白味の無い言葉で表すなら、それは【一目惚れ】に他ならない。
帳には縁が無いと思っていたその感情が、帳の生活を変えたのだ。
夜船は在学中、模範的な生徒として振舞っていた。
いつも笑みを絶やさず、困っている人なら学年が違っても助け、教師からの信頼も厚い。
誰にとっても、憧れの生徒だった。
夜船が二年生の頃、新しい生徒会長を決める時期に、夜船以外の誰が立候補できただろうか。
……そんな評価と期待を一身に受けたのが、夜船という生徒だ。
帳は、そんな夜船を追い掛けた。
並の成績を、学年トップにまで伸ばし。
生徒会業務自体には興味を持っていなかったにも拘わらず、帳の隣に立ちたい一心で、役員に立候補。
そして見事、書記職へ就任。
――日常をかなぐり捨ててでも、夜船の傍にいたい。
夜船の存在は帳にとって、生活の一部だった。
書記職、就任後。
生徒会業務を楽だと思う日は、勿論無い。
それでも帳は、幸せだった。
――夜船と並んでも、恥ずかしくない人になる。
そんなことを目標に邁進していたある日、帳は気付いてしまう。
――次期生徒会長を決める日が、刻々と近付いていることに。
三年生になった夜船は、生徒会に所属できない。
つまり、役員改選は夜船との別れを意味していた。
夜船がいないのに役員へ立候補するだなんて、考えられない。
一年間接してきて、夜船の存在は生活の一部どころではなくなっていたのだと、帳はその時初めて痛感した。
――けれど、周りの考えは帳と違った。
夜船を追い掛けるあまり、夜船のような立ち居振る舞いを続けたことによって、帳に対する他者からの評価はうなぎ上り。
――帳以外が次期生徒会長を務めるだなんて、誰一人想定していなかったのだ。
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