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第4話
生徒会室に、潤滑剤なんて置いてあるわけがなく。
帳はなんの準備もしないで、不破の男根を受け止めることとなったのだ。
想像以上の痛みに、圧迫感。
帳にとっては、苦痛でしかない行為。
それでも、そのときだけは……帳は帳でいられた。
痛いと思うのも、苦しいと思うのも、辛いと思うのも全て……帳一人の感情だ。
強い負の感情に、世界が色付く。
それは決して、鮮やかなものではなかったけれど。
……そこに、夜船はいない。
――自分の人生を。
――今までの生活を、失恋なんかで終わらせたくない。
そんな思いから、帳は夜船を思い出す度に……不破を探すようになった。
毎朝、家から高校への通学路を歩いている途中。
帳は、沢山の生徒に声を掛けられる。
「会長、おはようございます!」
「おっす、帳! おはようさん!」
帳はそれらの挨拶全てに、笑みを浮かべて応じた。
「おはよう」
かつて……夜船が、そうしていたからだ。
夜船を失った帳に残されたのは、夜船に近付こうと作り上げた偶像だけだった。
模ったのは勿論、夜船南斗という一人の生徒。
笑みを絶やさず、常に周りに気を配り、模範的。
……そのレッテルだけが、帳幸に残された。
そしてそれを演じるのが、帳の日常。
春から夏に変わり、暖かい日が続くようになった通学路を歩いていると、心地良い風が帳を撫でた。
肩甲骨の辺りまで伸びた髪が揺れ、帳は乱れないようにと反射的に手で押さえる。
不意に、髪を押さえようと動かした手が、大きな伊達眼鏡に触れた。
帳の趣味ではないその大きすぎる伊達眼鏡は、夜船が二年生の頃。
帳が生徒会書記として任命されたばかりの頃に、修学旅行から帰ってきた夜船から渡されたお土産だ。
夜船のファッションセンスが壊滅的だったのは、帳も知っている。
そして、他の生徒会役員も知っていた。
夜船が、心の底から帳に似合うと思い百パーセントの善意でその伊達眼鏡を買ってきたということは、帳以外の役員も分かっている。
だからこそ、誰一人としてその眼鏡にコメントをしなかった。
実際は全く似合わないし、そもそも必要性を感じられない伊達眼鏡だが。
――帳にとっては、かけがえのない思い出なのだ。
思わずその時のことを思い出し、帳は小さく微笑む。
(あの時……皆、間抜けな顔してたっけ)
夜船から渡されて、実際に眼鏡を掛けてみて。
笑うことも褒めることもできなかった生徒会役員の顔を、思い出す。
他の役員にはお菓子だけを買ってきて、自分には形として残る物も贈ってくれた夜船のことを思い出し。
――帳は、我に返る。
当時、自分だけが特別扱いされているのではと……浮かれてしまったのだ。
あの時の感情を思い出しそうになり、帳は振り払うように走り出す。
そうなった時に向かう場所は、一つだけだった。
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