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第7話
泣きじゃくる帳の頭に、大きくてゴツゴツとしたものが乗せられる。
顔を上げなくても、帳には分かった。
――それは、不破の手だ。
「好きだったんだろ、夜船のこと」
あの冷酷な瞳からは想像できないほど、優しい手付き。
不破が、頭を撫でる。
帳は蹲ったまま、くぐもった声で答えた。
「…………うん……っ」
不破は変わらず、帳の頭を撫で続ける。
「失恋して、心が痛いんだろ」
「うん……」
「だから泣いてるんだろ」
「うん……っ」
蹲ったまま何度も頷く帳の顔を、不破が両手で持ち上げた。
帳は抵抗することなく、顔を上げる。
蹲った際、膝に押し上げられた伊達眼鏡が額から鼻に落ち。
それを見た不破は、帳から伊達眼鏡を奪い取った。
元から視力の悪くない帳の大きな瞳が、不破の顔をレンズ越しではなく直接、捉える。
いつの間にか、不破は椅子から降りて。
帳に目線を合わせ、笑っていた。
「せ――んん……っ」
恐らく、生徒の誰一人として見たことが無いであろう不破の笑顔。
それに驚いたのも、束の間。
――帳の唇に、不破の唇が重ねられる。
(――キス、は……初めてだ……)
今まで何度も体は重ねてきたが、唇を重ねたことはなかったなと。
今更、思い出す。
「んんっ、ん……んっ」
最初は、触れ合う程度のキス。
それがどんどん深いところまで求められ、口腔を不破の舌でまさぐられる。
その感覚に、帳は切なげな吐息を漏らした。
「ん、は……っ」
不破の唇が離れたことにより、息を止めていた帳は酸素を取り入れようと、肩で息をする。
「こっちはまだまだ下手くそだな」
「は、ぅ……な、なんですか、いきなり……っ!」
――これこそ、意味の無いことなんじゃないか。
帳は目元を赤く腫らしたまま、意地悪く微笑んでいる不破の顔を睨み付けた。
「お前はさ。今まで頑張ってきたのに失恋して、心が痛いけどその感情のやり場が見付けられなかったんだよ」
――なにを、言っているんだ。
そう思うのと同時に……帳は、気付く。
(――オレ……夜船会長に振られてから、泣いたこと……なかった、かも)
帳の心でも読んだかのようなタイミングで、不破は問い掛ける。
「泣いて、少しはスッキリしたんじゃねーの」
養護教諭とは思えない、上からな物言い。
それなのに、普段と違う表情を。
……笑顔を向けてくるから、帳の頬は熱くなっていく。
「お前、処女喪失した時も泣かなかったよな」
「……もう、憶えてないです」
「そっかそっか。まぁ、どんなに夜船を追い掛けようと、お前は不器用で可愛い生徒のままだよ」
帳が視線を逸らすと、不破は立ち上がって椅子に座り直した。
「授業始まるぞ。もう教室戻れ」
いつもと変わらない不破の背中に、素っ気無い言葉。
それなのに、帳は……。
――無性に離れ難いなどと、思ってしまった。
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