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第8話

 不破の背中に、帳は声をかける。 「……先生」 「何だ」 「抱いて下さい」  帳の言葉に、不破が振り返った。  不破は帳がふざけているのだと思ったのだが、その表情は予想とは違い、真剣だ。  それを見て、不破はわざとらしく大きな溜め息を吐く。 「はぁ……。さっき言っただろ、意味の無――」 「意味があったら、いいんですよね?」  不破の言葉を遮り、帳は不破に近付いた。 「――オレ……先生に抱かれたくて、誘ってるんです」  そう言って、不破がしてきたようにキスをする。  キスの経験なんて先程の一回しかない帳のキスは……不破とは違い、ただ触れるだけ。  キスと言うよりは、ただ単純に唇を押し付けるだけの行為を、帳は数秒間続けた。  唇を不破から離して、熱く見つめる。 「もう、無色透明な生活は……イヤなんです」  痛みは、無い。  それでも、不破との性交には色があった。  不破と体を重ねている時間は、かけがえのないものなのだと……帳は話しながら、気付く。  そんな帳を見て、不破はもう一度大きな溜め息を吐いた。 「はぁ……ッ。……帳、一つ言っておく」  不破は一度言葉を区切ると、立ち上がり。  帳の細い腕を、掴んだ。 「え……先生、なに……?」  突然腕を掴まれたかと思うと、帳は体ごと引っ張られる。  困惑しながらも、帳はされるがままについていく。  すると、無理矢理保健室のベッドに押し倒された。  なにが起こっているのか分からず、帳が目を丸くしていると。  覆いかぶさるように乗った不破が、自身のネクタイをほどく。 「『抱いて下さい』って言葉はな? ……本来、相手を好きになってから使うものだぞ」  注意するような口ぶりのくせに。  不破の手は、帳のズボンに伸びている。 「なんですか、それ……? 今更すぎません?」  夜船に恋い焦がれていた、あの生活にはもう戻れない。  そんな帳にもまだ、世界を色付けてくれる人がいる。  それがどんな色になるかは帳にも、不破でさえも分からない。  けれどきっと、夜船の時とは違う色を帯びた、新しい生活が始まるだろう。  そんな未来に想いを馳せながら、帳は挑発的に笑い。  不破の背に、手を回した。

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