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第5話 恋ハ盲目トハ言ッタモノノ
それから小一時間、写楽は不本意ではあるが自分よりも恋愛経験値が上らしい朝比奈に(単に遊んでいるだけだが)恋愛レクチャーを受けた。
「そうか……この気持ちが、恋……」
この甘くも切なくて苦しい気持ちに名前が付いていることに写楽が目を輝かせて感動していると、朝比奈はヤレヤレといった様子でボリボリ頭を掻いた。
「あーヤダヤダ、これだからお坊ちゃまはよぉ。初恋よりも先に童貞捨ててんじゃねーっつうの!マジで信じらんねぇ」
「うるっせぇな、てめぇも似たようなモンだろうが!!」
この二人、巷では札付きの不良だが実家が金持ちなので、意外と育ちは良いのであった。
「で、どーすんだ?写楽。本当は今すぐ会いに行って俺も好きだって伝えた方がいいんだろうけど、もう外も暗いしいきなり訪ねたら向こうも迷惑だよなァ」
「そうだな、帰れ」
「嫌だ、晩御飯まで食べてから帰る!!」
「クッソ図々しいな、おい」
「まあまあ、相談料だと思えよ。――んで、明日梅月に告白しなおすンだろ?いーなーリア充め。俺はまだコレと言った1年を見つけられなくてよー」
「……だからと言って朝比奈、梅月に手を出したら殺すからな」
写楽はギロリと渾身の悪い顔で朝比奈を睨みつけた。
「こわっ!だから俺のシュミじゃねェっつの、あんな地味キノコ」
「はあ?梅月のどこが地味キノコだ!!……いや、確かに地味キノコだけど……でもあいつは世界一可愛い地味キノコなんだよ!!」
「恋が盲目すぎて怖い」
ガチャ
「ねえねえ、地味なキノコってなあに?えっちなお話してるなら華乃子も混ぜて」
「写楽、お前梅月のことより先に自分の妹の頭をどうにかしろよ……」
「……」
華乃子に恐怖を覚えた朝比奈は帰宅し、再び写楽はベッドに寝転がって思案した。この気持ちに名前が付いただけで、なんとなく安心した。
(去年から俺に恋してたとか、なんて可愛い奴なんだ梅月。なんで去年から俺に声を掛けなかったんだ……いや俺が気付いてなかったんだよな、あいつの存在に。馬鹿か俺は、勿体ない!ああ、早く会いてェな梅月。下の名前、ユウって言ったっけ。ユウ、遊……可愛い、何故か漢字まで可愛く思えてきた。あいつが俺と結婚したら犬神遊になるのか、悪くねぇな……あー早く明日にならねぇかな。時間が過ぎるの遅すぎるだろチクショウ、はあはあ、なんかあいつの赤くなった顔を思い出したら下半身が熱くなってきた……!)
ガチャ
「お兄ちゃん、今夜はポルチーニ茸のシチューよ」
「華乃子、頼むからお兄ちゃんの部屋に入るときはノックをしてくれ……」
*
次の日。
写楽は信じらないくらい早くに目が覚め、ソワソワしてしょうがないのでいつもより早めに登校することにした。いつも遅刻ギリギリに行くので親が目を丸くしていたが、そんな些細なことはちっとも気にならない。
写楽の心は『遊(もはや名前呼び)に早く会いたい!!!』と、それだけだった。
しかし。
「お、おはよう……犬神君……」
「よお。昨日はよくも逃げやがったな、遊」
「え、ゆ、遊?」
「あ!?……て、てめーの名前はユウっつーんだろコラァ!!ウメヅキとか長い名字いちいち呼んでらんねーんだよ!なんか文句あンのか殺すぞ!!」
「ひいっ!長い名字でごめんなさいー!」
(ハッ、またやっちまった……!怖がらせたいわけじゃねえのに!)
昼休みも。
「てめー何一人で勝手に弁当食おうとしてんだコラァ!!千円やるから俺のパン買ってこいや!本当気が利かねえなこの地味キノコが!!しかも弁当美味そうだしよォ!!」
「ひゃああ、今すぐ買ってくるのでこの弁当を食べててくださいぃ!!」
放課後も。
「アアン?てめーバイトしてんのかよ!大金持っててカツアゲされたらどーすんだボケ!!何時に終わるんだよ!帰りは迎えに行って家まで送ってやンぞコラァァ!!」
「ひええ、バイト先は家から近いので大丈夫ですうぅぅ!!」
そんなわけで。
「写楽よォ、お前って勉強のできる馬鹿だったんだなァ……」
「………」
写楽の告白は全て失敗に終わった。写楽と遊のやり取りを全て観ていた朝比奈は、写楽のあまりの不器用さに思わず無い胸がズキズキと痛んだのだった。
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