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第3話
蘭が日本を離れ、住んでいる島には彼が研究している植物・バニラ・クピディタスが生息していた。
科はラン科。属はバニラ属。一見、バニラの亜種のようにも見えるが、黄色みがかったバニラの花弁とは違い、青みがかっていた。それに、学名についている『クピディタス』に相応しく人間の『欲望』を露わにしてしまう性質があった。
「欲望……ですか?」
飛行機の中で、一条へ淡々と語るのは案内人の青年で、芦田(あしだ)だった。
「ええ、ある人は攻撃的になり、ある人は幼児返りする。まるで理性が崩壊したように。だから、和名では『理性殺し』なんて呼ばれているんですよって、すみません。ついつい、そんな当たり前のことまで話してしまって」
「いえ……」
一条は芦田の説明に言葉少なに相槌を打つ。確かに、試験へ行く前にはあらかた、バニラ・クピディタスという植物と蘭の博士としての経歴や業績を調べて行ったつもりだった。だが、『クピディタス』の意味や和名のことなんかはすっかり抜け落ちて、記憶の彼方へ消えていた。
「まぁ、どのように現れるかまでは分かりかねますが、貴方はいずれでもなさそうですね」
芦田が一瞬だけ寂しそうに呟くと、飛行機は島に1つだけある小さな飛行場に停まった。
白に近い明るめのグレーの飛行場と蘭の研究室がある建物。それらは隣接していて、周りは植物園のように、様々な植物の持つ緑で囲まれていた。
「すみません、私達はこの建物の中へは入れないので」
建物には研究用に採取した無数のバニラ・クピディタスがあり、先程、芦田自身が言っていたように理性が破壊され、欲望に支配されるのだろう。
「この回廊をずっとまっすぐに進むと、博士の研究室へ着きます。あの人を、よろしくお願いいたします」
意味深な芦田の願いに、一条は「あの人?」と聞きそうになるが、すぐに芦田は言い直した。
「……あ、いや、博士によろしくお伝えください」
「はい、ここまでありがとうございました」
一条はひっかかりながらも案内してくれた芦田にも、操縦士にも礼を言うと、飛行機を降りる。芦田はまた少し曇ったような笑顔をすると、一条に頭を下げた。
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