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第7話

「博士、何か、僕にもできることはありませんか?」  一条が日本を離れ、バニラ・クピディタスを研究しているこの蘭研究室へ来てから1週間程が経った。  現代の日本では考えられないが、昼と夜を繰り返していく度に曜日感覚がなくなる。また電気は通じているものの、基本的に日が沈むと、なるべく早く食事や入浴を済ませ、照明の類を消して休む。  だが、日本と比べると、冬でも日照時間も5時間も長く、日が出ているうちに色々やっておければ、それ程、一条が困る事はなかった。それよりも困った事は2つあった。 「ああ、草太くん」  バニラ・クピディタスの研究を没頭する蘭がガラスケースから顔を上げる。今日は開花後、5日目の花から花粉を取り出して、成分を調べていた。  一条が困る1点目はあまりにも蘭が研究者として優秀すぎる事だった。 「折角、こんなところまで来てもらって、悪いんだけど、研究の方は手伝ってもらえるような事はあまりなくて。草太くんはお茶でも飲んでゆっくりしててよ」  と言うと、蘭は実に華麗なピンセット裁きでもって作業を進めていく。  どこの世界に博士1人に研究をさせておいて、その助手がお茶を飲んで寛いでいるなんていう風景があるだろうか。  だが、研究対象であるバニラ・クピディタス自体が冗談みたいな効能を持つ。その為、下手に手伝おうとすると、一条はその毒気にあてられて、体に熱を持ってしまう。 「あぁっ!!」  一条が困る2点目はここ何日かで島の3分の1のバニラ・クピディタスが開花していく時期になるらしく、ガラスケース越しでもあっても勃ってしまう事だった。 「草太くん?!」  一条の異変を察し、蘭が駆け寄ってきてくれる。  この島へやってきた初日。一条は蔦や蔓といったものに襲われたような気がしたが、それは一種の幻覚のようなものだという。それが人によってはナイフや拳銃を持った暗殺者に襲われるように感じる事もあれば、自身が失くした家族や恋人が目の前に現れたように感じる事もあるらしい。  そんな副作用は毎日の事なのに、蘭は一条の身を案じてくれるのだ。 「だ、大丈夫です。僕、少しキッチンの方へ、行って、お茶とか淹れてきますね」 「そうた、くん……」 「博士も少し、休憩しないと体に毒です、よ? ちょっと時間、かかるかも知れないですけど、待って、くださいね」  蘭の研究の邪魔にならないように、一条は口調と同じく、のろのろとした足取りで研究室と位置づけているスペースを後にする。まだ研究室の外のバニラ・クピディタスは開花前の蕾の状態で、少しだけマシだった。  だが、ほんの少しでも気を抜けば、蔓や蔦で一条の手足を絡めとられて、性的に侵されてしまうだろう。 「俺、何してる、んだろう。芦田さんに、なれないなら、せめて、助手として博士の役に立ちたい、のに……」  一条はキッチンとして位置づけているスペースに向かうと、震える手でティーカップを用意した。せめて、芦田になれないのなら助手として蘭の為にお茶の一杯でも淹れたい。  そう、思いながら。

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