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第10話

「ううっ」  一条はまた小さく呻くと、初日とは比べ物にならない程、全身に怠さを覚えながらも身体を起こした。  真っ白な部屋の真っ白なベッドの上から降りる。嵐のような黒雲や風雨は去ったらしい。そして、無数のガラスケースには青白い花が咲いていた筈だが、その殆どが茶色く変色しかけていたり、土の上へと散っていた。 「これ……」 「そう。全部、バニラ・クピディタスの花だった」  一条は声の聞こえた方へ振り替えると、そこには蘭が立っていた。  白衣にはところどころ、青い染みがつき、髪も雪か何かを纏ったように白かったけど、ぼさぼさだった。だけど、その瞳は最初に動画で見た彼のように彼が持つであろう全ての黒を背負ったように黒く澄んでいた。 「あ、あららぎ博士!!」 「うん、蘭だけど」 「……」  一条はまた醜態を晒したのを詫びるべきなのか、それとも、抱き始めてしまった思いを明かして、詫びるべきなのかと思い、それ以上、何も言えずにいた。  だが、いつまでもそのままという訳にはいかない。 「博士、すみません。もう僕には助手を続けられそうにないです」  一条は醜態を晒したのを詫びるよりも蘭に思いを寄せてしまった事を詫びる為に謝り、傍にはいられそうにない事を告げるべく頭を下げると、蘭も狼狽え出す。 「ええ、何。何!! 俺、嫌われる事した!? それか、しなかった事があったから嫌われた!?」  蘭は頭を抱えると、青い染みがついた白衣が皺になるのも厭わず床へ座り込んでしまった。 「あの、博士。どうか顔を上げてください」 「嫌だ……」  初日とは違い、一条の言葉も虚しく、蘭は頭を抱えたままだった。その上、もう1度、「嫌だ」と言った。 「博士……」 「みのるも……いなくなってしまった。だんだん副作用が酷くなっていったみたいで、もうここにはいられそうにないって言って。いつでも会えるからって言ったのに」  確かに蘭はこのバニラ・クピディタスの研究において第1人者で、優れた植物学者だ。  しかし、この島には蘭以外の人間は1人もいない。蘭が何故、理性殺しの症状が出ないかは不明だが、一条を始め、他の人間では理性を破壊されてしまうような症状が出てしまう。 それは芦田や世界のどんな優秀な研究者であっても。  いつも、蘭は、一条の目の前で頭を抱える研究者は、  孤独だったのだ。

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