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第11話

「ごめん。わがまま、言った」  とりあえず、2人とも落ち着く必要があるとのことで、初日のように椅子にかけることにした。  真っ白な部屋の中の真っ白な椅子。  蘭の椅子は作りもしっかりとした、いつも食事とか休憩中にかけている椅子だ。それに対して、一条がかけるのは明るいグレーの石を人や物を載せられるように打ち出したようなもので、椅子とは到底呼べるものではなかった。 「こういうのって、パワハラ? って言うんだよね? 俺、こんなところに長くいるからあんまり世間の常識とか動向とか分からないし、間違っちゃっているかもだけど、最近、日本で問題になってるんでしょ?」  パワハラ、と続く蘭の言葉はいつか聞いた学会の発表の時のように滑らかに流れる。  先程、取り乱した人物とはとても同一とは思えない、と一条は思う。それくらい穏やかな声と口調だった。  そして、次に口にするのはもっと穏やかで、静かな……声で、口調だった。 「良いよ。日本に帰っても」 「え?」 「俺は草太くんとは違って研究しかできないし、幸い、バニラ・クピディタスの副作用に冒される事はない。どうしてかは分からないけど、俺はその体質を逆手にとって」  蘭の唇はまだ動いたが、一条はもう聞いていられなかった。 「そ、草太くん?」 「逆手にとれるから、研究だけするんですか?」  一条は椅子と呼べない石の塊から立ち上がると、椅子にかけている蘭の肩に腕を回した。 「誰かを好きになったり、誰かと一緒に過ごしたり……そんな事を犠牲にして? 博士も、芦田さんもバカですよ」 「そう、たくん……」 「ついでに言うと、僕もバカです」 「え?」 「博士。やっぱり僕、もう少し、ここにいたいです。ここにいて、僕だけじゃ簡単じゃないかも知れないけど、貴方とバニラ・クピディタスの副作用を抑える薬を作りたい」  一条の腕は蘭の肩から離れていく。  今はこの思いを伝えなくても良い。むしろ、この思いを伝えるのならバニラ・クピディタスの副作用を抑える薬を作って、蘭とこの島を出る時が良い。  一条はそう思うと、蘭に笑ってみせた。

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