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第12話

 科はラン科。属はバニラ属。一見、バニラの亜種のようにも見えるが、青みがかった花弁を持つバニラ・クピディタスの咲き誇る島。一条がその島へ初めてやって来て、10年が経とうとしていた。  パソコンの画面越しに見る男は相変わらず、非常に流暢な英語を話していた。  画面の中の男は蘭・L・一国博士。  シミ1つない、真っ白な白衣。それと、肌と髪も雪か何かを纏ったように白い。だが、白髪という訳ではなく、彼がその年の5月に発表した文献に記されたプロフィールを見ると、まだ34歳だった。 「俺と1つしか違わないのに……」  今年で33歳になる一条は鼻歌混じりで呟いた。  画面の中の蘭はスウェーデンで行わる学会で研究成果を語る為に今は島にはいない。だが、その様はあまりに滑らかで美しく、まるで間近で愛でも囁いているように流れていく。  この10年で、バニラ・クピディタスの生態が次々と明らかになっていった。  発見当初はこの厄介な植物を島諸共、焼き払ってしまおうと考えていたが、その煙にも副作用が誘発される成分が含まれて、風や凪を媒体にして拡散してしまう事が分かった。  一条も最初は酷い幻覚を見て、蘭の荷物みたいな存在だったのが、蘭と副作用を抑える薬を試作し続けた事で、完全に、とまではいかないものの、殆ど理性を守る事ができるようになった。 「長かった、この10年は。本当に」  一条が蘭と費やした10年間と比べると、画面の下部のバーがもう右へ移動するのは一瞬で、蘭は 「Thank you very much」  と、これもまた流暢で自信のある英語で締めくくる。  シミ1つない、真っ白な白衣。それと、肌と髪も雪か何かを纏ったように白かったが、最後に画面へと向けられたその目は彼が持つ全ての黒を背負ったように黒く澄んでいた。

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