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第5話
綾はようやくショックから立ち直ったように、ぎこちなく身体を動かし、カメラバッグを担いで身体を起こした。
なんだかクラクラする。立ちくらみだろうか。心臓がドキドキし過ぎて、胸が苦しい。
……行かなくちゃ。しっかりしろって。
彼らを見ないようにして、そっと階段の方に向かった。
彼の注意は、はしゃいで手すりに向かおうとする子どもの方に向いている。気付かれずに立ち去るなら、今だ。
「あれ?」
階段まであとちょっとのところで、背後から自分に向かって声がした。
「あ、おい、ちょっと」
……見つかった……?
カンカンカンカンっと床に足音を響かせながら、彼が近づいてくる。
ダメだ。声を掛けられたのに無視して行くなんて、不自然過ぎる。
綾は観念して足を止めた。
でも、振り向けない。
勇気が出ない。
男は無頓着に近づいてくると、こちらに回り込んで顔を覗き込んできた。
「あんた……あや……だよな」
自分をその特別な名前で呼ぶ快活な声に、胸がきゅっと痛くなる。
綾は、ぎゅっと目を瞑ってから、そろそろと顔をあげた。
「蒼……くん……」
「やっぱりおまえ、あやなのか! 久しぶりだな~」
嬉しそうな笑顔が、どきっとするほど眩しい。
目の前の男の顔に、数年前の彼の面影が重なる。
それは幼い頃の思い出だけじゃない。
今でも、思い出すと胸がぎゅっと苦しくなるような……あの別れの情景。
まだ春浅いあの日。
固い蕾がようやく綻び始めた桜の木の下。
古い学び舎から聴こえる、懐かしい鐘の音。
「また、会おうな」
そう言って笑う彼に、自分は笑いながら頷いて背を向けた。もう2度と会うことはないのだと、自分に言い聞かせながら。
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