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第9話
自分に覆い被さっていた蒼の顔が遠ざかる。急に目の前が眩しくなって、綾はぎゅっと目を瞑った。
「ああ、わりぃ。眩しかったか」
蒼は言いながら、また陽射しから庇うように覆い被さってきて、まだぼーっとしている綾に、手に持ったミネラルウォーターのペットボトルを振ってみせた。
「飲むか?」
揺れるペットボトルを見つめて、綾はごくりと唾を飲み込んだ。ボトルについた水滴がキラキラしながら飛び散るのを見て、急激に喉の乾きを感じたのだ。
……飲みたい。でも……
身体全体がまるで鉛のように重たくて、手を持ち上げるどころか、指先を動かすのでさえ億劫だ。
心配そうに顔を覗き込んでいる蒼が、眉を顰めた。
「起き上がれねえか。じゃあ」
腕を掴んでぐいっと引き上げられた。開いた隙間にすかさず腕を差し入れ、抱え込むようにして起こしてくれる。
「じっとしてろよ」
言われなくても動けない。
ぼんやりと見つめる目の前で、蒼は片手で器用にボトルの蓋を開けると、それを自分の口にあてて煽った。
「ぁ……」
……なんだ。その水、くれるわけじゃないのか。
綾はそんなことを思いながら、仰け反る蒼の喉仏をじっと見上げた。
蒼はペットボトルを口から離すと、ずいっと顔を寄せて、いきなり……唇を押し付けてきた。
……っっっ。
突然押し付けられた蒼の唇の感触に、綾は息を飲んだ。思わず開いた唇を押し包むように塞がれ、そこから冷たい水が流れ込んでくる。
頭の中が真っ白だった。
何が起きたのか理解出来ず、ただ蒼の唇の熱や感触だけが、妙に生々しく感じられる。
直接流し込まれる水が、口の中を満たした。
綾は反射的にそれをごくりと飲みくだす。
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