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第11話

「だいぶ顔色、戻ってきたな」 蒼ににこっと笑いかけられて、綾は白昼夢から一気に覚醒した。まるで離れていく彼の唇を追いかけるように、小さく舌を出している自分に気づいて、慌てて引っ込める。 「おまえ、唇まで真っ白になってるから、焦ったぜ」 蒼の大きな手が降りてきて、額に乱れかかった前髪をそっとかきあげられた。 「ごめん……あの、ありがとう」 ようやく微かに声を出すと、蒼は悪戯っぽい眼差しでにぃーっと笑ってみせて 「キス、しちまったな、俺ら」 その軽口に、綾は頬が熱くなった。 「キ、キスって、」 「ばーか。赤くなるなよ、冗談だって」 ピンっと、おでこを人差し指で軽く弾かれる。綾は額を庇うように手をあてて顰めっ面してみせた。 「痛い」 「お。元気になってきたな。じゃ、身体、起こせるか?」 そう言われて、蒼に膝枕されていることに改めて気づいた。綾は慌ててガバっと身を起こそうとして……クラリときて顔を顰める。 「あ、待て待て。まだ急に動くなって。そーっとだ」 蒼の大きな手が腕を掴む。そのままゆっくりと抱き起こされた。以前、貧血を起こした時のように、鼻の奥がツンとする。 「顔色はだいぶよくなったけど、まだ無理しねえ方がいいな」 抱き起こされ、当然のように蒼の胸に凭れかけさせられて、薄いTシャツ越しに彼の体温を頬に感じてドギマギした。 「とりあえず、もう少ししたら車ん中に連れてくぞ?おまえのそれ、たぶん熱中症だ」 「……熱中症……」 「ああ。怖いんだぜ、熱中症ってさ。前に会社の同僚が、それで危うく死にかけたんだ」 体温だけじゃない。何かフレグランスでもつけているのか、微かに感じる彼の体臭に、別の意味でクラクラしてくる。 「吐き気はするか?眩暈は?」 綾は目だけあげて蒼の顔を見つめて、首を横に振った。 「吐き気はない……けど、眩暈はわからない。なんだか身体がすごく重く感じる」 「この真夏の真っ昼間に、炎天下で帽子も被らずにいたからだぜ」 責められている気がして綾はムッとした。 「蒼だって、帽子、被ってない」 蒼の身体が小さく揺れる。ふふっと噴き出すように笑って、蒼は抱き締めてくれる腕の力を強くした。 「おまえって、変わってねえよな。その膨れっ面。ガキの頃のまんまだぜ」

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