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第12話
変わってない。
そうなのだろうか。
自分はあの頃と何も変わっていないのだろうか。
いや、そんなことはない。
あれからいろいろあったのだ。
随分歳を重ね、経験も積んだ。
変わっていないのはむしろ、蒼史朗の方だ。
屈託なく笑う顔。快活でよく通る声。
そして躊躇なく差し伸べてくれる大きな温かい手。
いたたまれずに逃げ出してしまった自分に、離れていた日々など何もなかったように昔と同じ態度で接してくれる。
自分にもう少し勇気があれば、この温もりに背を向けずにいられたのだろうか。
「もう、だいじょうぶ?」
男の子が少し遠慮がちに覗きこんでくる。
綾ははっと我に返った。
そうだ。この子もいたのだ。
蒼史朗に切れ長の目元がよく似た、可愛らしい男の子。この子はひょっとして……。
「お兄ちゃんはもう大丈夫だぞ。顔色、だいぶよくなったからな」
綾が答えるより先に、蒼史朗はそう言って、柔らかそうな男の子の髪の毛をくしゃっと撫でた。
男の子はぱぁっと明るい笑顔になって、こちらに更に身を乗り出してくる。
「よかったぁ」
物怖じしない天真爛漫な笑顔だ。
こうして間近で見ると、あの頃の蒼史朗に面影が重なる。
「おにいちゃん、おなまえは?ぼくね、あまねくんっていうの」
「あまね…くん?」
「うん。さくらい、あまね。5さい」
さくらい……櫻井は、蒼史朗の苗字だ。
じゃあやっぱりこの子は……。
綾はちらっと創史朗の顔を見た。蒼史朗は、包み込むような優しい眼差しで子どもを見つめている。
「おにいちゃん、おなまえ、あやくん?」
綾が答えないので、重ねて聞いてくる。
「あや」は蒼史朗だけが自分を呼ぶ名だ。
「いや。俺の名前は、」
「りょうくんだ。お兄ちゃんの名前」
男の子は不思議そうに首を傾げ、蒼史朗をひょいっと見上げた。
「あやくん、じゃなくて、りょうくん?」
「そ。せさきりょうくん。あやくんは、俺だけが呼んでいい名前な」
どや顔をする蒼史朗に、男の子はますます不思議そうに首を傾げた。
ー俺だけが呼んでいい名前ー
その言葉に、綾はドキッとして目を泳がせた。
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