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第17話

思わず大きな声で名前を呼んでしまって、綾は慌てて口を押さえた。ちらっと後部座席の周に目をやる。周はぐっすり寝入っているようだった。 「ん?俺か。この近くっていや近くだな。もう少し海寄りだけどな」 「市内?」 蒼史朗はちらっとこちらを横目で見て 「行ってみるか?俺の家。車と同じでオンボロだけど」 あっさりと言われて、綾は目を見開いた。 ……行ってみるか?って……。だって、蒼史朗の家には、たぶん奥さんが…… 「と、突然、俺なんかがお邪魔したら、奥さん……迷惑だよね?」 前に目を戻していた蒼史朗が、パッとこちらを向いた。 「奥さん?」 「うん。家に、いないの?」 蒼史朗は首を傾げ、ちょっと考えるような目になって 「いや。家にはいないぜ。それに、いたって別に気にすることねえじゃん」 綾は小さく息を飲んだ。 それは、どういう意味なんだろう。 すいっと視線を逸らし、少し早口に付け加えた蒼史朗の言葉が気になる。何となく苦々しげに響いたのだ。 ーおまえには、関係ないだろうー 言外にそう言われたような気がして、それ以上の質問が出来なくなる。 「お邪魔しても、いいの?」 「いいぜ。ちょうど俺も2、3日仕事出来ない状態でな。暇持て余してたし、せっかくだから来いよ」 「……うん……じゃあ、お願いします」 綾は小さく呟いて、目を伏せた。 もっと聞いてみたいことはあるけど、知るのは怖い。 離れていた月日は、確実に互いの距離を遠ざけている。自分の知らない蒼史朗。蒼史朗の知らない自分。 自業自得だ。 遠ざけたのは自分なのだから。 車で40分程の海に近い小さな田舎町に、蒼史朗の家はあった。 オンボロと言っていたけど、それは全然謙遜ではなかった。 白い塀で囲まれた広い敷地は、角の方に雑木があるだけで、花も草木も植えられていない剥き出しの土の庭だった。 家は平屋建てで、狭くはないが四角い箱みたいで、デザインに味も素っ気もない。モルタルの白い壁は風雨に晒されて、汚れて所々ヒビが入っている。壁から屋根には蔦が蔓延っていて、それも手入れされずに野放しという感じだ。 ただ、昔からそうだったわけではないという感じがした。一見綺麗にならされた土の庭は、以前はもっと、いろいろな植物が植えられていたような跡がある。 家の外観も同じだ。 今は放置されている荒れた箱だが、昔は愛されていた痕跡を鬱蒼と茂った蔦が覆い隠してしまっている。そんな、印象だった。

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