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第21話

キッチンは目線の位置がオープンタイプだが、薄いレースのカーテンが引いてあって、ここからでは蒼史朗の様子は見えない。 どうしようかと戸惑っていると、ひょいっと蒼史朗がカーテンの脇から顔を覗かせた。 「どうした?絵本、もう読み終わったのか?」 タイミングよく救いの神が現れて、綾は思わず腰を浮かした。 「あ。蒼史朗、あの、ちょっと、」 綾は絵本を手に立ち上がり 「あまねくん。ちょっと待っててね」 不思議そうに自分を見ている周に断って絵本を渡すと、逃げるようにキッチンに向かった。 「蒼史朗、ちょっと教えてよ」 「ん?どうした?」 呑気な声を出す蒼史朗に、綾は声をひそめて 「あまねくんの、家庭環境教えて。今話してて、あまねくん、ママはいないって」 焦っている自分に気づいたのか、蒼史朗は真顔になり 「あ~……そうか。言っときゃよかったな。周の母親は亡くなってる。あいつが2歳の時にな」 綾は目を見開いた。 ……やっぱり……そうなのか。 だから蒼史朗は、何だか苦々しげな態度だったのだ。 「そう……。病気か、何かで?」 蒼史朗は目を逸らし、鍋をお玉でかき回しながら 「事故だ、車のな。周にはまだ詳しいことは話してない。ママは遠くにいって帰ってこない、とだけな。悪い。先に話しておくべきだったよな」 「……そうだったんだ」 綾は俯いて胸を押さえた。 蒼史朗の奥さんは、故人だったのだ。 どんな人だったのだろう。 蒼史朗が妻にと選んだ女性は。 中学高校と、引っ込み思案で目立たない自分と違って、蒼史朗はよくモテた。 彼の周りには男女問わず、いつも人が集まっていたし、可愛い女の子に告白される場面に出くわすのもしょっちゅうだった。 そういう彼を羨ましいと思ったことは1度もない。むしろ、堂々と彼に告白出来る女の子の方が羨ましかったし妬ましかった。 ……きっと綺麗な人だったんだろうな。

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