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第28話
「あまねくん。また絵本を読もうか?」
蒼史朗はバタバタと出掛けて行った。それを2人で玄関まで見送った後で、綾はちょっと寂しそうな周に声を掛けた。
周は利発そうな目でじっとこちらを見て首を傾げると
「おえかき、します」
その言葉に、綾は目を見開いた。
絵本の読み聞かせの次はお絵描きか。
どちらも、小さな子どもが身近にいない自分にとっては、なかなかの難関だ。
……あまねくんが描いてるのを、見てあげてれば…いいよな…?
周は楽しそうに棚の下の引き出しから、スケッチブックと色鉛筆やクレヨンを取り出して、トコトコとリビングのテーブルに向かった。
床にぺたんっと座り込んで、慣れた様子でお絵描きセットをテーブルに広げる。
1人で留守番をしている時は、いつもそうして過ごしているのだろう。
綾はソファーに腰を下ろし、身を乗り出して周のすることを見守った。
「きょうは、ひまわりをかきます」
周は高らかに宣言すると、鉛筆を握って真っ白な画用紙に丸を大胆に描き始めた。
「向日葵か。今日、たくさん見たよね」
「うんっ。すごいいっぱいさいてました!」
向日葵畑の情景を思い出しているのだろう。周は目をキラキラさせてちょっと遠くを見ると、まあるい円をいくつも描いていく。
「あやくんは、しゃしん、とってたの?」
「そう。カメラがね、好きなんだ。今日の向日葵畑はすごかったな。あんなにたくさん咲いてるの、俺は初めて見たかも」
「ぼくね、そうくんにこないだひつじさんのいるとこに、つれてってもらったの。えーとね、これ」
周は描く手を止めて、ぱらぱらとスケッチブックを捲った。
「これ、ひつじさん。ひまわりもさいてたの」
ちょっと興奮気味に周が指差すソレを見て、綾は驚いて目を見張った。
「これ……あまねくんが描いたの?」
「うんっ。これがひつじさん。こっちはひまわり。あとね、そうくんもいるの」
ふっくらした小さな指が、ひとつひとつ指し示す。いかにも子どもらしいとてもおおらかな構図だが、丁寧に描き込まれた線とその不思議な色遣いに、綾は思わず見入ってしまった。
……すごい。これを、周くんが?
綾は絵と周を交互に見た。
まだ5歳だと言っていたが、自分がその年頃の時に、こんな繊細でハッとするような絵が描けただろうか?
得意そうに鼻をうごめかす周と目が合って、綾はハッとして微笑んだ。
「すごいよ、あまねくん。君は絵が上手だね」
周はにこーっと嬉しそうに笑って、向日葵の横で太陽のように笑っている蒼史朗の絵を、丸い指先でそっと撫でた。
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