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第29話

冷蔵庫を開けると、綾はあまね用のおやつと飲み物を取り出した。蒼史朗が出掛ける前に教えてくれた、オレンジジュースと小さなヨーグルトのカップをトレーに乗せて、あまねの所に戻る。 「あまねくん、ひと休みしておやつ食べよう?」 周は夢中で色鉛筆を動かしていた手を止め、顔をあげた。 「蒼史朗に教えてもらったんだ。君のおやつ。これでいいんだよね?」 周はにこ~っと笑って頷くと 「あやくんも、のんでいいです。ヨーグルトもどうぞ」 「いや、俺はいいよ。まだお腹いっぱいだからね」 綾はトレーを周の絵の横に置いて、しゃがみ込んだ。 「へえ。すごい。もうこんなに描けたのか」 周がスプーンを手にヨーグルトを食べ始めたのを見て、綾はスケッチブックを手に取りしげしげと見つめる。 そこには画面いっぱいに虹色の光が溢れていた。 照りつける強い夏日。風に揺らめく向日葵の大きな花と葉。地面に降りたって歌うように並んでいるたくさんの向日葵の真ん中に、男の子が3人いる。 一番小さい子はあまねだろう。その両側で口を大きく開けて笑っているのは、おそらく蒼史朗と…自分だ。 「あまねくん、これ、もしかして俺?」 あまねはヨーグルトを食べながら、こちらを覗き込み 「うん。こっちがそうくんで、これはあやくん」 「うれしいな。俺もなかまに入れてくれたのか」 「うんっ。あやくんはあまねとそうくんのおともだちです」 弾けるような笑い声が聞こえてきそうな3人だった。あまねを真ん中にして、仲良く手を繋いでいる。 不意に、じわっと涙が滲んできて、綾は慌てて瞬きをして散らした。 なんだかおかしい。悲しいわけじゃないのに、こんなに簡単に涙が出てくるなんて。 あまねの絵だ。 この絵はすごく温かくて懐かしい。遠い昔のまだ無邪気だった頃の記憶が呼び覚まされて、胸の中にじわじわと何かが込み上げてくる気がした。 「いい絵だね、あまねくん。3人ともすごく楽しそうだ」 実際、今日の向日葵畑では、こんなシチュエーションはなかった。2人に会った途端に、自分は熱中症で無様に気を失ってしまったのだから。でも、こんな素敵な時間を過ごせたと、あまねが感じてくれたのならすごく嬉しい。 思いがけない蒼史朗との再会に、胸の奥底に仕舞いこんで鍵をかけていた過ぎ去りし日々の記憶が溢れ出して、まだ胸の奥で微かに燻っている。だが、自分で考えていたよりは、動揺は酷くなかった。 それだけ月日は流れたのだ。 自分も彼もすっかり大人になって、それぞれ別の人生を歩んでいる。 そして、あまねの存在にも、助けられている気がする。

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