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第31話
綾はしばらく金縛りに遭ったように、写真立てを見つめたまま動けなかった。
……これ……家族写真…だよな。この女性が……あまねくんの……。蒼史朗の……。
会わずに済んでホッとした相手と、思いがけず対面してしまった。……写真だけど。
何となく見たことがあるような気がするのは、あまねくんに似ているからだろうか。
綾はそろそろと腕を伸ばし、写真立てを手に取って見つめた。
幸せそうな家族。女性はあまねの横にしゃがみ込み、頬を寄せてにこやかに笑っている。かがみ込んで2人を見下ろす蒼史朗も、優しげな笑顔だ。
これが、蒼史朗の築いた家庭。
でも……もうこの女性はいないのだ。
胸の奥がキリキリ痛む。
綾は顔を顰め、写真立てをそっと元に戻した。
もう会うことはないと思っていた蒼史朗との偶然の再会。激しく動揺はしたが、会えて嬉しかった。心の底では、ずっと会いたかったのだ。会う資格はないと諦めていただけだ。
実家とは、完全に絶縁状態になっている。
こちらに出てきてからは、電話も手紙もない。そもそも、自分が今どこに住んで何をしているのか、両親には知らせていない。地元の数少ない昔の友人たちとも、疎遠になっているのだ。だから、蒼史朗が結婚していたことも知らずにいた。
……今日だけだ。
昔の幸せだった頃の思い出に浸れるのは。
蒼史朗との時間も、あと僅かだ。
ほんのひと時、偶然がもたらしてくれた彼との時間。細い糸は気紛れに絡まり、また離れていくのだ。そして多分、2度と交わることはないだろう。
……それで、いいんだ。
綾は、ため息のように呟いた。
蒼史朗は、自分が今、どこでどんな暮らしをしているのか、知らない。
知られたくないのだ。彼にだけは。
綾は知らず詰めていた息を吐き出すと、あまねの眠るベッドへと戻った。
蒼史朗と初めて会ったのは、ちょうどあまねと同じ5歳の時だ。
すよすよと寝息をたてているあまねの顔を、覗き込んでみる。
やっぱり似ている。
あの頃、まるで兄弟のようにじゃれ合って過ごし、一緒に昼寝をした彼と。
「……蒼ちゃん……」
綾は小さく呟くと、しくしくと痛み続ける胸をそっと手で押さえて、ベッドの端に腰をおろした。スプリングが揺れても、あまねはぐっすり眠っている。
綾は、そーっと横になり、あまねの寝顔をじっと見つめた。
『あーや』
『もうっ。そうちゃん。ぼくのなまえは、りょうだよ、あやじゃないってば』
「じゃあ、ぼくだけがよんでいい名前だ。ね、あーや?」
くすくす笑って抱きついてくる蒼史朗に、むすーっとふくれっ面をしてみせながら、「僕だけが呼んでいい名前」という言葉が、いつも嬉しかった。
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