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第36話
千尋はすっかり警戒を解いた様子で、そのまま玄関で周に今日あったことを質問したり、しばらく楽しそうに話をしていた。
だが、蒼史朗が帰るまで中にあがって待ってください、と誘う綾の言葉に首を横に振り、周のことお願いね、と微笑んで帰っていった。
綾は周を洗面所に連れて行って、歯を磨かせると、昼寝していた2階の部屋へと向かった。
周は何をやらせても慣れた様子で、さっさと寝間着に着替えると、ベッドの布団に潜り込む。
「ひとりで寝れる?」
「うん。だいじょうぶ。あやくん、ありがとう」
かなり眠そうな顔で、それでもにこにこしながらそう言って目を瞑る。
寝息はすぐに聞こえてきた。
綾はしばらく椅子に腰掛けて周の寝顔を見つめていた。
正直、落ち込んでいた。
本当ならば、風呂の準備をしてやって周を入れてやらなければいけなかった。それに、もっと早く寝かせてやるべきだった。
小さな子の面倒をみるなんて経験は皆無だったから、後から気づいてオタオタしてしまう。
くーくーと可愛らしい寝息をたてている周に、心の中でそっと謝って、綾はそーっと部屋を後にした。
ダイニングの椅子にドサッと腰をおろし、綾はぼんやりとテーブルの上のコップを見つめた。
周の懐き方や会話の内容から、周がよく泊まりに行っているのは、あの千尋という女性の家なのだと分かった。
今日、蒼史朗が何処で何をしているのかも知っていたし、仕事帰りにわざわざ周の様子を見に来るくらい、親しい間柄なのだ。
……恋人……なのかな……。
そうだとしても全然おかしくはない。蒼史朗は男やもめだし、千尋は笑顔の魅力的な美人だ。学生時代に蒼史朗が付き合っていた彼女と、少し似ている気がする。少し歳上かな?とは思うが、その分落ち着いていてしっかりした印象に見えた。
綾は、はぁ……っと大きくため息をついて、コップに手を伸ばした。
彼女が蒼史朗の恋人だとしても、自分には何も関係ない。
蒼史朗とは数年ぶりに再会したのだ。
親友という立場から逃げ出して、蒼史朗と距離を置いたのは、自分の方だった。
……またこんな思い、する日がくるなんて、思ってなかったな……。
綾はコップの水をグイッと一気に飲み干した。久しぶりに強い酒が飲みたくなった。
玄関の方でガタガタ音がする。
綾はハッとして身を起こした。知らぬうちにテーブル突っ伏して、うたた寝していたらしい。昼間、軽い熱中症になりかけたせいか、今日はやたらと身体が怠くて、すぐに眠くなってしまう。
ガタンっと派手な音がする。
綾は慌てて立ち上がり、玄関へと向かった。
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