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第37話

玄関には蒼史朗がいた。 ベルも鳴らさずドアを開けていたから蒼史朗だと分かってはいたが、ひと目見るなり綾は顔を顰めた。 蒼史朗は靴も脱がずに上がり框に座り込んでいた。壁に寄りかかり、だらしなくへたりこんでいるその姿は、どう見ても酔っている。 綾は仏頂面で歩み寄ると 「蒼史朗」 「…んー?んあ、」 まともに返事もしない。近寄ると酒くさい。かなり酔っている。 綾はますます眉を顰めた。 もう日付を跨いでいるのだ。こんな時間まで連絡も寄越さず、ひとに子どもを任せて飲み歩いていたのか。 ふつふつと怒りが込み上げてきて、壁に寄りかかった蒼史朗の頭を、後ろからペコッと叩いた。 「っ、ってぇ……っ」 「酔ってるのか?最低だな」 蒼史朗は後頭部を手で擦りながら、のろのろとこちらに顔を向けた。 「殴ることないだろ……」 「うるさい。せめて遅くなるって連絡寄越せよ。今、何時だと思ってる」 綾が声を荒らげると、蒼史朗は壁に背中を預けたまま身体ごとこちらに向いた。ちょっと苦しそうに吐息を漏らし、酔った人間特有の目でこちらを見上げて 「悪いけどさ、水……持ってきてくれねえか?」 謝るでもなく、更に図々しく要求してくる。相手は酔っぱらいだと分かっていてもムカついた。 綾はもう一度文句を言いかけて、でも口を噤むと、くるっと背を向けて奥に向かう。 足音も荒くキッチンまで行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。 怒っているのになんでこんなことまでしてやってるんだよ、と自分に腹をたてながら、再び玄関に戻る。 蒼史朗はさっきよりもだらしない格好で、床に半分寝そべりかけていた。 綾はわざと足音をたてながら近づくと 「起きろ。水、持ってきたから」 蒼史朗は怠そうに目蓋を薄く開けて 「あや。飲ませてくれ」 「ふ、ふざけんな!自分で飲めっ」 「つれないこと、言うなよ。俺とおまえの仲じゃん」 綾は呆れて目を見張った。 俺とおまえの仲ってなんなのだ。 そりゃあ昔は兄弟みたいに仲のいい親友だったけど、ずっと音信不通で昨日数年ぶりに偶然再会しただけの間柄じゃないか。 「いいから自分で飲め、酔っぱらい」 綾はペットボトルのキャップを外すと、しゃがみこんで蒼史朗の手にそれを押し付けた。 蒼史朗は緩慢な動きで手元を見てから、またこちらを見上げて、 「自分じゃ飲めねえ。飲ませてくれ」 何故か不貞腐れたような声で呟いた。 押し付けたペットボトルを受け取ろうともしない。 綾は怒りにうー……っと小さく呻くと 「なんで俺が、そこまでしなきゃいけないんだよ」 「昼間はしただろ?俺が、おまえに」

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