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第40話

なんとか間に合った。 綾はほっとして、床にへたり込みそうになりながら、自分よりガタイがいい男を見下ろした。 洗面所の床で、壁に寄りかかってへたばっているこの男を、ここまで引きずってくるのは大変だったのだ。 よたよたと足をもつれさせる蒼史郎を、ほとんど抱え上げるようにして、必死の思いで連れて来た。 腕と足がもう、ガタガタだ。 綾は、うー……っと怒りの唸り声を漏らし、蒼史郎の側にしゃがみ込んだ。 「おい。寝ちゃったのか?」 うーともむーともつかぬ返事が返ってくる。 「おい、蒼史郎」 肩を掴んで揺さぶった。 真夏なのだ。このままここで朝まで寝てしまっても、風邪なんかひかないだろう。 もういい加減お人好しはやめて、こいつは放置して寝室に行ってしまおう。 綾はムカつきながら、蒼史郎の顔をじっと見つめた。 少し厚めの大きな唇。 さっき何度も自分の唇と重なった。 絡め取られた舌の熱さに、ゾクゾクした。 濃厚なキスに心が震えた。 でもこいつは、自分を誰か他の女と勘違いしていたのだ。 すっかりその気にさせられて、甘く翻弄されていた自分が、惨め過ぎて泣けてくる。 「おまえと今さら関わったって、ロクなことないよな…」 早く寝て、明日の朝が来たら、とっとと自分のマンションに帰ろう。 交わることのなかった相手なのだと、忘れてしまえばいい。 「わりぃ…」 蒼史郎が呻きながら呟いた。 立ち上がりかけていた綾は、ハッとして顔を覗き込む。 蒼史郎は目を開けて、こっちを見上げていた。 「起きたのか」 「んー……や、寝てない。意識は、ある」 「そうか。酔っ払ってただけだもんな」 綾が腕を組んで呆れ顔で見下ろすと、目が合った蒼史郎は、ちょっと情けなく眉をさげて 「飲みすぎた。悪い。面倒かけて」 「悪いと思ってないだろ?」 「いや……思ってる。ほんと、ごめん」 大きな身体を小さく丸めて首を竦めている蒼史郎の姿に、綾は大きくため息をこぼすと、もう一度しゃがみ込んだ。 「何やったか、覚えてんの?」 「んー……。吐いたら酔いが少し醒めた」 「ふーん。そもそも、なんでそんなになるまで飲むかな。おまえ、父親だろ?いくら俺が面倒みるって言ったって、周くんのこと心配にならないのか?」 綾の言葉に、蒼史郎は眉をしかめた。 「付き合いとかあるの分かるし、飲みたい時もあるだろうけど。せめて何時になるとか、遅くなるなら連絡寄こせよな」 「……おまえが怒ってるのは……そこか」 「え?」 「……いや。本当に、悪かった。申し訳ない」 蒼史郎は言いながら、まだぐらつく頭を深くさげた。 「……立てる?」 「……わからん。だが、自分で何とかする。おまえ、もう寝てくれ」

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