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第42話
綾は首を振って蒼史朗の大きな手を払い除けると、胸の上に顔を埋めている頭をぐいっと持ち上げた。
「おいっ、起きろって!蒼史郎っ」
喚いてみるが、蒼史朗はピクリともしない。
……冗談だろ……。
綾は呆然として天井を見上げた。
ハッキリ言って疲労困憊だ。自分を抱き枕のようにして気持ちよさげに寝てしまったこの大男を、押しのける体力なんか残ってない。いや、その気になれば跳ね除けられるのだろうが……そんな気力がもうわいてこない。
……疲れた……。
なんだかバカバカしくなってきた。
今日はきっと厄日なのだ。
向日葵畑でこいつに偶然再会してから、精神的な浮き沈みが激しすぎた。体調を崩して疲れたのもあるが、次から次へと押し寄せてくるショックに心が追いついていかない。
綾ははぁぁ……っと大きく息を吐き出すと、蒼史朗の下でもぞもぞ動いて、出来るだけ苦しくない体勢になった。
何も考えずに、今は眠ってしまおう。
明日の朝になったら、蒼史朗と周に別れを告げて、また元の自分の生活に戻るだけだ。懐かしい幼馴染みとの再会は、ひとときの夢だったと思えばいいのだ。
目を瞑ろうとしてふと、脇に退かせた蒼史朗の寝顔に目をやる。
……幸せそうな顔、しやがって。
なんの屈託もなく気持ちよさげに寝息をたてている男にムカつく。
……俺は、おまえの、抱き枕じゃないぞ。
怒っているはずなのに、息がかかるほど間近にあるこの男の顔に、懲りもせずに見惚れている。
自分の知らない年月を重ねた蒼史朗の顔に、やんちゃだった幼い頃の面影を見つけて、つい頬をゆるませている自分がいる。
「なあ、蒼史朗」
返事はない。分かってる。
返事なんか欲しくないのだ。
「俺は、おまえのこと、大好きだったんだぞ。気づいてなかっただろ」
好きになりすぎたから、さよならしたのだ。
「おまえに、もう一度会えてよかったよ。俺、やっぱりおまえのこと、大好きだ」
ほとんど声にならないほどの、小さな呟きだった。相手に伝えたい訳じゃない。自分に言い聞かせている。
「おやすみ、蒼」
もう満足だ。
綾は、ゆっくりと目蓋を閉じた。
今だけは、蒼史朗の身体の重みと温もりに包まれていたい。
明日さよならしたら、今度こそ、もう2度と会うことはないだろう。
2人の道はほんの少しだけ交じり合い、また別々の道へと分かれていくのだから。
……と、この時の自分は思っていたのだ。
気まぐれな運命の再会が、この先何処に向かって行くかなんて、予知能力など持ち合わせていない自分に、分かるはずはなかった。
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