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第44話
蒼史朗は平然とした口調でそう言い放ち、つかつかと中に入ってくる。
綾は焦って彼に背を向けた。
……どっ、どーして、勝手に入ってくるんだよ!
声を掛けてくれたらいいのだ。そして、ドアの隙間からそっと渡してくれればいい。なんの断りもなく、中に入ってこられたって、隠れようがない。
シャンプーの泡が目にしみて痛い。
とにかくこの泡を洗い流して……いや、タオルだ。さっき持って入ったタオル。
綾はざっと髪の毛を洗い流すと、顔を顰めながらタオルを探した。
シャワーコックの脇に掛けたのを思い出し、ひょいっと取り上げると急いで腰に回す。
……あ……。
足りない。腰に巻ける長さじゃない。
綾はとりあえず股間だけをタオルで隠して、そっと横目で蒼史朗の様子を窺った。
蒼史朗はラックの前に屈みこんで、持ってきた詰め替え用のボディソープをボトルに補充している。
「お、置いといてくれたら俺がやるから、」
「昨夜は……悪かった」
「え……」
蒼史朗はちょっと黙り込む。目線はボディソープのボトルを見つめていた。
「いや。朝起きたらベッドにいて、おまえを後ろから抱き締めてたんだ。……ビックリした」
「昨夜……どうやって寝たとか、覚えてないのか?」
蒼史朗が顔をあげる。綾は慌てて目を逸らした。
「タクシーで帰ってきて、家の前で降りた。……のは、多分覚えてる。いや、鍵を開けて玄関に入ったのも……なんとなく。ただ、その後の記憶がかなりあやふやだ」
……まあ、あれだけ酔っ払ってりゃ、覚えてないよな……。
綾は内心、ため息をついた。
「おまえ、かなり酔ってたからな」
「綾」
「……なに?」
蒼史朗は何か言いかけて口ごもり、手で顔を拭った。
「あ……いや。俺は昨夜、おまえに何かしたのか?」
蒼史朗の口調が地を這うように暗い。気になってちらっと横顔を見ると、何だか思い詰めたような顔をして、ボトルをじっと見つめている。
「何かって……どういう意味だよ」
「朝方……夢を見ていた。それで驚いて飛び起きたんだ」
「夢……?」
蒼史朗がちらっと横目でこちらを見る。
目が合ってしまった。咄嗟に逸らそうとしたが、蒼史朗があまりに真剣な目をしていて逸らせなかった。
「ああ……その……つまり。俺はおまえを……」
蒼史朗の言葉が途切れる。眉をぎゅっと寄せて、まるで怒っているような顔になり
「ちょっとおかしな夢だったんだ」
「全然、覚えてないんだ?」
綾が呟くと、蒼史朗は目を見張り
「やっぱり……何かしたのか?俺は」
焦った声で問いかけてくる蒼史朗に、綾は首を傾げた。
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