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第46話
蒼史朗が補充していったボディソープで手早く身体と顔を洗うと、浴槽に身を沈めた。脱力感が押し寄せてきて、ふう…っと思わず声が出る。
自宅マンションではあまりゆっくり湯船に浸かることがないから、ファミリー用の広い浴槽は心も身体もほぐれて心地よかった。
蒼史朗に振り回されっぱなしなのは癪に障るが、この家も周との交流も、家族という自分には縁の薄いものの温もりが感じられて、久しぶりにほっと心が和む。
でも、これは自分にとっては非日常なのだ。
蒼史朗の作った朝食を食べたら、さっさと帰ろう。
これ以上長居をすると、マンションに帰るのが億劫になってしまいそうで怖い。
「あやくん、美味しい?」
周がスクランブルエッグのケチャップを口の端につけたまま、こっちを見てにこにこしている。綾はふふっと笑って、手を伸ばし指先でケチャップを拭ってやると
「美味しいよ。こんなちゃんとした朝食は久しぶりだ」
「朝はきちんと食べた方がいいぞ」
蒼史朗は味噌汁を啜ると、玉子焼きに箸を伸ばした。
「わかってるけどね。作るのめんどくさくて」
「自分で料理は全然しないのか?」
「うーん。たまにね」
「ってことは、おまえまだ独身だよな。彼女はいるのか?」
綾は、鮭の切り身を箸でほぐしてつまみ上げると口に放り込んだ。
「いない。同居人はいるけど」
「同居人?」
「うん。居候……かな。シェアしてるんだ、今のマンションの部屋」
蒼史朗は口をもぐもぐ動かしながらこっちをじっと見て
「ふーん。最近多いみたいだな、そういうの。気を遣ったりしないか?」
綾は玉子焼きを頬張りながら首を傾げ
「うーん……どうだろ。そいつとはもう10年ぐらい同居してるから、お互い空気みたいなもんかな」
「10年……長いな。大学の時からずっとか」
「いや。俺、大学は行かなかったから。高校卒業してからずっと、かな」
「親戚か?」
「従兄弟」
蒼史朗はちょっと目を見張り
「従兄弟……って……京都に住んでいた年上の?」
「うん。大学こっちだったから、そいつ。俺が就職して今のマンション借りる時に、一緒に住むことにした」
「……そうか」
綾は味噌汁を啜ると、蒼史朗を横目で見て
「今日も、周くんは幼稚園休みなのか?」
「うん。ちょっと遠出するんだ。箱根の方にな」
「箱根?旅行か?」
「ああ。もう少ししたら俺も忙しくなって何処にも連れて行ってやれなくなるからな。今のうちにあちこち連れて行ってやろうと思って」
綾は周に目をやると
「あまねくん。おんせんにいくんだ?」
周はにこーっと満面の笑顔で、嬉しそうに頷いた。
「はい。おっきなおふろ、はいってきます」
「そっか。たのしんでおいで。はこねはいろんなおもしろい場所がいっぱいあるからね」
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