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第5話
本当は覚えていた。
昨日は岬の誕生日だったのだ。
言ってやれば岬はほいほい喜ぶだろう。
だから、何も言ってやらない。
案の定、岬は身体を起こすとこちらの顔を覗き込み、睨んできた。
「嘘つくなよ。覚えてねえわけねえじゃん」
「岬、寝させてよ。俺もう、無理だから」
綾は絡みつく岬の腕を剥がそうともがく。
「本気で忘れたのか?だから帰ってこなかったんだな」
恨みがましく文句を言う岬に、綾は内心言い返していた。
……じゃああんたは、俺の誕生日を1度だって覚えてたことある?
付き合って最初の2~3年だけだ。岬が釣った魚に餌をくれていたのは。
親から白い目で見られて存在を抹消されている特殊な状況だったあの頃は、自分を理解してくれる岬の存在が嬉しかった。
でも全ては仕組まれた罠のようなものだった。まだ高校生だった自分には、周りの大人たちの思惑がわかっていなかっただけだ。
「ちぇ。おまえってほんと冷たいよな。他の誘い全部断って、おまえに会いたくて帰ってきたってのに」
よく言う。さっきあれだけめちゃくちゃなことをしておいて、どの口がそれを言うのだ。
「誕生日おめでとう。おやすみ、岬」
綾は抑揚のない声で呟くと、目を瞑った。
「やっぱ覚えてたのか」
岬は満足そうにこちらから手を離し、仰向けになって、また煙草に火をつけた。
「なあ、寝タバコ、ダメだって」
「わかってるよ。細かいことグチグチうるせえっての」
岬は吐き捨てるように言って、身を起こした。
「シャワー浴びてくる」
ベッドから降りて、すたすたとドアに向かい
「目が覚めたらもう1回やらせろよ。やっぱおまえの身体が一番気持ちいいわ」
最低な捨て台詞を吐いて、ドアの向こうに消えた。
綾は目を開けると、壁際に置いてある木枠の姿見をじっと見つめた。
鏡に映っているのは、疲れ果てて表情の消えた己の顔。
「……おまえ、バカじゃないの?」
岬にもう何も期待していないなら、さっさと関係を解消して、この部屋も出て行けばいいのだ。いつまでも踏みとどまっているから、またこんな惨めな思いをする。
だが、自分が逃げれば、岬はどこまでも探しに来るだろう。
愛はなくても所有欲と執着心だけは異常に強い男だ。
意地を張って、蒼史朗と周の誘いを断ったりしなきゃよかった。
彼らとの優しくて穏やかなひと時を思い出しただけで、涙が滲んでくる。
……一緒に温泉に行ったら……楽しかっただろうな……。
蒼史朗ももちろんだが、周にも無性に会いたい。会ってあの可愛らしい優しい声で「あやくん」と呼んで欲しかった。
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