54 / 126

第7話

やられた。 一昨日、自分がいないのを知って、岬が家探ししたのだ。 リビングの引き出しに入れていた通帳の預金額が以前よりだいぶ少なかったから、他にも通帳があると気づいたのだろう。 綾は天井の換気口の小さな扉を元通りにずらして、足を引き摺りながらリビングに戻った。ドサッと腰を下ろすと、身体の奥がズキっと痛んだ。だが、そんな痛みよりも今は脱力感が凄まじい。 ……どうするんだよ。 金にも下半身にもルーズなロクデナシのホスト。 柊野岬(とうのみさき)はそういう男だ。そんなこと、岬が大学を中退して夜の街に身を沈めてから、ちゃんと知っていた。 ……どうするんだよ……これから俺。 換気口に隠していた通帳は、これまで自分が貯めてきた全財産だ。給料が振り込まれる口座の方には、家賃や光熱費などは既に払ってしまったから、当面の生活費分ぐらいしか残っていない。 今の勤務先は、高卒で特に資格も持っていなかった自分には、分不相応なくらい待遇も条件もいい会社だ。ようやく納得いく職場を見つけて3年。特にやりたい仕事ではなかったが、安定した生活が出来るようになってほっとしていた。 ……とりあえず……次の給料まで生活を切り詰めてなんとか持たすしかないよな……。 贅沢などなるべくしないで、月の給料から10万とボーナスはほぼ全額を頑張ってコツコツ貯めてきたのは、自分なりに挑戦してみたい夢があったからだ。 今の安定収入とその夢は両立しない。 夢の次の段階に進めば、成功するまでには時間もかかるし収入も不安定になる。 そう思っていたから、その時の為にと必死に貯めてきたのだ。 岬が持って行ってしまったのは、そういうお金だった。 「もうほんと……いい加減にしてよ…岬」 思わず、涙声になってしまった。 無理だ。今度ばかりはそう簡単には立ち直れそうにない。 全身の力が抜けて、綾は椅子からズルズルと床に滑り落ちた。 冷たいフローリングの床に仰向けに寝転がり、放心状態で天井を見上げる。 心のどこかで、岬に対してまだ期待していた自分がいた。 無理だダメだと思いながらも、そこまでのロクデナシではないと……信じたかった。 「甘いよなぁ……俺って」 岬は本当に、己だけしか愛していないのだ。その心の何処にも、自分に対する愛情など欠片も残っていない。 綾は両手で顔を覆った。 今度は悲しくて涙が溢れてくる。 今は何も考えられない。 ……なんかもう疲れちゃったな。死んじゃおうかな……。 初めて、そう思った。

ともだちにシェアしよう!