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第12話

「あーーーもう。信じらんねえだろ。事前に何の発表も説明もなしで社長は雲隠れだぜ?課長も部長も電話繋がらないし」 「ああ……そうだよな……」 総務課勤務の大澤は、駅前の喫茶店で煙草を忙しなくふかしながら、ぶつぶつと独り言を言っている。 綾は同じ相槌を繰り返し、心はここに在らずの状態だった。 「おかしいとは思ってたんだ。いつも備品の発注だの店舗間の在庫の移動だの、細かい物にもいちいち上の上の上まで承認の印鑑が必要だったのにさ、この所、すごく甘くなってたんだよ、管理が」 「そうなのか……」 大澤はアイスコーヒーをストローも使わず豪快にあおり、テーブルにドンっとグラスを置くと 「でも正直みんな、寝耳に水だろ。隣の課の課長までいたぞ、さっき。真っ青な顔してた」 「ああ……そうだよな……」 まだ火をつけたばかりの吸殻を灰皿にねじ込むと、イライラと新しい煙草に火をつけた。 「信じられねえよ。ほんと、これからどうするんだよ。いきなり失業とか、まじで有り得ないから。くそっ」 本当にそうだ。いきなり失業だなんてありえない。冗談じゃない。 こんなバカみたいなこと、あるはずがない。 ……どうしたらいいんだろう……。 貯金なんか、ないのだ。 みんな岬に持っていかれた。 次の給料日までのあと20日、ギリギリ食いつなぐぐらいの金しか残っていない。 それなのに、次の給料は、もう入って来ない。 「おい、瀬崎。おまえ……大丈夫か?」 急に大澤が顔を覗き込んできた。 綾がぼんやりと顔を向けると、目の前に手をかざし、左右に振ってみせる。 「大丈夫なわけ、ないよな」 「ああ……そうだよな……」 大澤は大きなため息をつくと、黙り込んだ。しばらくは重苦しい沈黙が続く。 手付かずのままのアイスコーヒーの氷が溶けて、カランっと小さな音をたてた。 頭が痛い。比喩的な意味じゃなく、本当にシクシク痛みが出てきた。目の周りはじわじわ熱いのに、身体は寒い。 気が抜けて、また熱が上がってきたのかもしれない。 踏んだり蹴ったりだ。 どうして自分の人生は、こうも上手くいかないのだろう。 頑張っているつもりなのに、いつも順調になったと思った途端に、ささやかな平穏はこの手をすり抜けていってしまう。 ……どこで……間違えたのかな……。 いったいどこまで時間を巻き戻せば、平凡で普通の生き方が出来るんだろう。 時間を戻すことなんか、出来るわけないけど。 不意に、向日葵畑の光景が頭に浮かんできた。 虫あみと虫かご。前を歩く蒼史朗。必死に追いつこうと後に続く自分。うるさいくらいの蝉の声と、ジリジリと照りつける強い陽射し。 蒼史朗が笑う。つられて自分も笑い転げた。あの、夏の日。

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