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第20話

それにしても予定もせずに突然舞い戻ってしまった蒼史朗の家は、相変わらず居心地がいい。 それはきっと、蒼史朗と周が作り出す雰囲気が、柔らかくてあったかいからだ。自分が普段触れる機会がない、家族の温もりというやつなのだろう。 お粥を食べ終えて薬も飲むと、綾は穏やかな気分で、キッチンにいる蒼史朗と周のやり取りを眺めていた。 周は明るくて素直な優しい子だ。 相手をしている蒼史朗の、周を見る眼差しも優しくて、楽しそうな2人の会話を聞いているだけで、心がぽかぽか温かくなる。 自分の身に次々と降りかかった災難のせいで、かなり心が病んでいたが、ここにいるだけで暗い気持ちが消えていくような気がする。 どの災難も、解決の糸口すらまだ全然見つかっていないのだけれど。 でも、あの最悪の気分のまま、1人アパートに帰っていたら、2、3日は布団にくるまったまま起き上がれなかったかもしれない。 火事だと勘違いしてこちらに向かっている間は絶望感でいっぱいだったが、ここにまた来れてよかった……。 「よーし。準備OKだ。俺は先に油に火入れてくるから、10分ぐらいしたら来いよ、綾」 蒼史朗は食材を丁寧に下処理して並べたバットを持って、ドアの方に向かうと、 「あ。そうだ。そこに出してるパーカー、俺のだけど、羽織ってこい」 そう言い残してドアの向こうに消えた。 周がパタパタとソファーに走っていって、蒼史朗の言っていたパーカーを抱えて戻って来る。 「あやくん。これ、着てください」 「ありがとう、あまねくん」 綾はにこっと笑って受け取ると、ワイシャツの上にそれを羽織った。蒼史朗とはかなり身長差と体格差があるから、パーカーは丈が長すぎるし袖も余る。 同じ男としてはちょっと悔しい気もするが、パーカーからふわっと香った蒼史朗のコロン混じりの微かな体臭に、ドキッとした。さっき腕の中で泣いた時にも感じた、蒼史朗の匂いだ。 綾は、余った袖口を顔に押し当ててみた。 なんだか酷くせつない。 ……俺って結構……未練たらしいんだな……。 諦めたはずの想いが、またじわじわと込み上げてきて、余計にせつなくなった。 「あまねくん。そろそろ行ってみよう」 「はいっ」 元気に頷く周の手を握って、綾は玄関に向かう。 初めて見るキッチンカーの中が、どんな風になっているのか、すごく楽しみだった。

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