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第25話

「こっちの寸胴に入ってるのは自家製の丼タレなんだ。天ぷらだけでなく天丼も出すからな。まずは何もつけずに食べて感想を聞かせてくれ。その後でタレをつけて味見だ」 綾は寸胴と蒼史朗が呼んだ、深さのある鍋を覗き込んでみた。 「へぇ……これ、作ったのか」 「ああ。試行錯誤して作った俺の秘伝の丼タレだ」 思わず食欲をそそる甘辛の醤油系の匂いに、綾はひくひくと鼻を蠢かせた。 「匂いだけですでに美味そう……」 「だろ?ちょっと舐めてみろよ」 蒼史朗は調理台の上から、小さな柄杓のような面白い形の器具を取り上げた。 鍋のタレを掬って、小皿に少し垂らして差し出された。綾はその器具の方が気になって 「それ、タレ専用の?」 「ん?ああ、そうだ。出口が分かれてるだろ?満遍なくタレかけるのに便利なんだ」 「へえ……」 綾は感心しながら小皿のタレを指にちょっとつけて舐めてみた。 「あ……美味い。甘さとしょっぱさ、絶妙加減かも。俺、この味好きだな」 蒼史朗は鶏肉に粉をつけてから溶き粉をまぶして 「おまえの反応ってすごくいいな。おかげでやたらとテンションがあがるよ」 楽しそうにぽんぽんと油の中に鶏肉を投入していく。綾はちらっと蒼史朗の横顔を見てから、フライヤーを見つめた。ジュワーっと美味しそうな音をたてて、衣を纏った鶏肉が泡の中で踊っている。 「もも肉、むね肉、ささみ。それぞれ食べてみてくれ。揚げたてだから、口ん中火傷するなよ」 白い薄衣を纏った綺麗な鶏の天ぷらが、バットの中に並ぶ。 綾は少し冷めるのを待って、順番に周に渡しながら自分も齧ってみた。 「んーこれ、俺の好み的な感想でいいのか?」 「ああ。出来れば率直な感想を聞かせてくれ」 綾は口をもぐもぐさせながら首を傾げ 「この中で一番美味かったのは…むね肉かな。もも肉は柔らかくてジューシーだけど、天ぷらの衣とは合わない気がする。なんていうか……味がくどいし臭みが口に残るんだ。ささみは美味しいけどちょっとパサパサして固いし味も淡白すぎる。衣との味のバランスとか、食感とか、むね肉が断トツに好きな感じがしたよ」 蒼史朗は少し意外そうに、むね肉の天ぷらを指先でつまみ上げ 「なるほど。もも肉の方が柔らかくていいかなって思ってたけど、むね肉か」 「うん。むね肉ってパサパサしてる印象だったけど、天ぷらだとすごく柔らかくて口の中にじゅわっと旨みが広がる。ビックリした。鶏の天ぷらってこんなに美味いんだな。あ……でもこれはあくまでも俺の好みだから。周くんはどれが一番好き?」 綾が身を屈めて周の顔を覗き込むと、周はまだ口をもぐもぐしながら 「ぼくも、これが、いちばんすきです」 にこにこしながら、蒼史朗の手の中を指さした。 「よし。じゃあ決まりだ。うちの鶏天はむね肉にするぞ」

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