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第35話
「……大丈夫か?綾」
全然大丈夫じゃない。バカみたいなところを蒼史朗に見られてしまった。
もう、恥ずかしくて死にそうだ。
「あ~……や、考え事、してたから、急に蒼が来て、びっくりして、」
後ろを向いたまま、しどろもどろに言い訳していると、背後から顔を覗き込まれた。横目で睨むと、悪戯そうに笑う蒼史朗の顔が近い。
「おまえ今、踊ってた?」
「っ?お、踊ってない!」
「でも暴れてたよな?ひょっとして、それ、気に入らなかった……とか?」
そんなわけない。借りた服が気に入らなくて暴れてる、とか、どんなクソガキだ。
「違うって。そうじゃなくて、」
「綾。おまえ、顔、真っ赤だぞ」
くくく……と笑われて、ようやく揶揄われてるのだと気づいた。綾は火照る頬を手で擦りながら
「おまえが急に声、かけたから、」
「こっち」
蒼史朗の腕がにゅ~っと伸びてきて、Tシャツと短パンを差し出された。
「こっち貸してやるよ」
綾は、慌てて振り向いた。
返事をしようとして、息を飲む。
「……っ、」
蒼史朗は全裸で腰にバスタオルを巻いただけの姿だった。風呂に入ろうとして、途中でこれを持ってきてくれたのだろう。
綾は焦って、ぷいっと目を逸らした。
「…っおまえ、その格好、」
「なかなかセクシーだな。おまえの脚。前にも風呂場で見たけどさ」
「っ?」
蒼史朗の言葉で、もうひとつ重大なことに気づいた。
そうだ。まだ着替えている途中で、下はトランクス1枚だったのだ。
綾は焦ってスウェットの裾をぎゅーっと引っ張りながら、その場にしゃがみ込んだ。
「っ、見るなよ!」
「……ばーか。それじゃ女の子みたいだぜ」
「だっ、誰がっ」
焦りまくる綾の横に蒼史朗は並んでしゃがみ込むと
「綾。さっきからおまえの反応、やけに可愛いな」
楽しげに喉を鳴らして笑っている。
綾は横目で蒼史朗の顔を睨みつけた。
……誰の、せいで。
さっきから慌てふためいているのは、全部蒼史朗が悪いのだ。こちらの予測のつかないことばかりするから……。
いや。そもそもは蒼史朗の残り香に邪な気分になっていた自分が悪いのだが。
蒼史朗は自分を「りょう」ではなく「あや」と呼ぶ。
名前の呼び方自体も特別な感じがするが、「あーや」と少しだけ伸ばした言い方が、ちょっと甘くて優しい感じがして、名前を呼ばれる度にドキドキしてしまうのだ。
……勘違いだと分かってはいても。
「いい歳した男に、可愛いはないだろ」
「んー……まあな。でも俺の中で綾は、ガキん時のまんまのイメージなんだよなぁ。おまえ、女の子みたいな綺麗な顔してたし。いっつも俺の後ろ、引っ付いて回ってただろ。それが妙に可愛かったよな」
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