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第37話
今にも泣きそうな周の寂しげな声に、綾はきゅっと眉を寄せた。
大きな目が潤んでいる。
今の今まで、賑やかに3人ではしゃいでいたのだ。このまま自分だけ部屋に行って、1人で寝るのは寂しいのだろう。
「蒼。今夜だけ……ダメか?ほら、俺と蒼がここで寝るのだって、今夜だけの特別だろ?周くんも一緒じゃ、ダメか?」
余計な口出しだと分かっていたが、思わず言葉が零れ落ちた。蒼史朗は苦笑して
「おい。2人おんなじ顔して言うなって。ダメだなんて言えないだろが」
蒼史朗のひと言に、周の顔がパぁ~っと笑顔になった。
「いっしょにねても、いい?」
「ああ。今夜だけだぞ。特別だ」
「わぁっ」
周はぴょんぴょん跳ねながら、こちらに戻ってきて、ぽすんっと抱きついた。
「ふふ。よかったね、あまねくん」
「はいっ。あやくんとそうくんと、いっしょです~」
目をキラキラさせ、つやつやほっぺを紅潮させた周の笑顔が、ものすごく可愛い。
綾は思わず、周をぎゅっと抱き締めた。
いそいそと再びベッドにあがった周を間に挟むようにして、3人で川の字に寝転んだ。
周は大はしゃぎで先日の温泉旅行の話をしてくれていたが、だんだん大人しくなってきた。眠そうに何度も目を擦り、コックリコックリし始め、ついには呆気なく眠ってしまった。
蒼史朗は周の身体に布団を掛け直しながら苦笑して
「やっと寝たか」
「ふふ。周くん、すごく楽しそうだった」
「ああ。すっかり興奮してたな。周にしては随分夜更かしだ」
起こさないように、2人とも小声で囁き合う。
「ありがとう、蒼。特例、認めてくれて」
蒼史朗は眉をあげてニヤッとすると
「おまえが礼を言うことじゃないだろ。こんなに楽しそうな周は初めてみるよ。こっちこそありがとうな」
綾は黙って微笑んだ。
まだ小さい周をひとりで部屋で寝させているのは、たぶん蒼史朗なりに考えがあっての事なのだろうと思っていた。
父親1人で育てているのだ。仕事で遅くなって、周が1人きりで留守番する機会も多いはずだ。蒼史朗が普段、周と一緒に寝ないのは、独り寝に慣れさせておくことで、一緒に要られない時に周が寂しさを感じないようにする為なのだろう。
「周には、いつも寂しい思いさせてきたからな。おまえがいる時ぐらい、思いっきり甘えさせてやりたくなった」
蒼史朗は穏やかな眼差しで周の寝顔を見つめながら、小さく呟いた。
綾は黙って蒼史朗と周をそっと見比べる。
他人の自分が、周の境遇を可哀想だと言うのは簡単だ。でも、男手ひとつで子どもを育てるのは、きっとそんな生易しいことではない。
「うん。たまにはそういう特別な日もあっていいよな。子どもの頃ってさ、普段はダメだって言われてること、特別に今日はOKってなると、めちゃめちゃワクワクしただろ?」
綾が囁くと、蒼史朗は一瞬目を見張り、ほっとしたように柔らかく微笑んだ。
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