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第39話
車で待っててくれと言おうとしたが、蒼史朗はごく自然に駐車場で車を降りて、一緒にマンションの部屋の前までついてきてしまった。
岬がいるなら絶対に部屋にあげたりはしないつもりだったが、あの男がここに戻って来ているはずがない。
綾は、ちらっと辺りを見回してから、ドアの鍵を開けた。
「どうぞ」
蒼史朗は頷いて玄関に入り、中を見回して
「シェアしてるって言ってたけど、やっぱり結構広いな」
「うん。もともとここってファミリータイプらしいんだ。みさ……、従兄弟が広い方がいいって勝手に見つけてきてさ。俺はもうちょっと駅近の方がよかったんだけど」
玄関に散乱していた岬の派手な靴は全部、ダンボールに突っ込んで岬の部屋に置いてある。あれから彼がここに戻った気配はなさそうだ。
……鍵……。大家さんに頼んで替えてもらった方がいいかな……。
綾は考え事をしながら靴を脱ぐと、下駄箱から新品のまま使っていなかったスリッパを袋ごと取り出した。
「従兄弟のお兄さん、なんて言う名前だっけ?俺、昔1回会ったことあったよな」
「あ~……。うん。柊野(とうの)岬。あ、このスリッパ使って」
「お、さんきゅ。そうだ、岬さんだ。おまえと同じ1文字の名前だってことしか覚えてなかった」
綾は、蒼史朗をリビングに案内した。
蒼史朗はそこでも珍しそうに部屋を見回して
「広いなぁ。ここは岬さんと共同で使ってるのか?」
「うん。……従兄弟だからね。自分用の部屋以外は一緒に使ってた。ここでちょっと待ってて。俺、着替えてくるから」
蒼史朗と岬の話をこれ以上していたくなくて、綾は曖昧に返事するとドアに向かった。
「一応、ワイシャツにネクタイはしたけど…ハロワに行くのにスーツの方がいいかな」
手早く着替えてリビングに戻ると、蒼史朗は椅子に腰掛けてテレビ台の方を見ていた。その視線の先にある物を見て、綾はハッとする。
……ヤバい…っ。
蒼史朗が見つめているのは写真立てだ。そこには自分と岬が並んで写っている数年前の写真が入ったままだった。
「おお?うーん。どうだろ。ハロワは別にスーツじゃなくていいけど、おまえ履歴書の写真とか撮るなら、スーツの方がいいかもな」
蒼史朗はくるっとこちらを向き、しげしげと全身を眺めて答えた。
綾は、写真立てを気にしながら、蒼史朗の目線を遮るようにテレビ台の前に立つと、手に持った上着を掲げてみせた。
「そっか。じゃあ上着も持って行くか」
「うん。じゃ、行くか?」
「うん」
立ち上がり、ドアに向かう蒼史朗の後ろで、綾はちらっとテレビ台の上の写真立てを見た。
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