90 / 126

第43話

大人のお子さまランチは予想以上のボリュームだったが、味は絶品だった。 最後は蒼史朗に少し助けてもらったが、普段は少食な自分にしては珍しく、お腹いっぱい食べてしまった。 「ふう……。食いすぎた。お腹、ぽこんっと出ちゃってるかも」 「意外に食ったな、おまえ」 蒼史朗がにやにやしながらコーヒーカップを持ち上げる。 最後に出された食後のコーヒーも、普段飲むチェーン店の不味いコーヒーと違って香りが良くて美味しい。 「美味かった。さすが名シェフがオススメするだけあるよね」 蒼史朗はニヤリとして 「ここのナポリタンとか、オムライスってさ、ボリュームと味のわりに値段が安いだろ。この近くの天ぷら屋で修行始めた時は、俺、かなりの薄給だったからな。週一回ここで食う洋食は、ご褒美のご馳走だったんだよ」 「ふーん。一人暮らししてたのか?この辺で。家賃高いだろ」 「最初の2年は給料が安いから、店の寮に入れてもらってた。8畳ぐらいの部屋にロフト付きで。そこにずっと歳下の先輩と2人で住んでたよ」 綾はふえ~っとため息をついて 「え~。2人で?それ、結構キツイでしょ」 蒼史朗はくくく…と笑うと 「いや。店に入る時間帯が違ってたから、それほど苦じゃなかったかな。クタクタに疲れて部屋には寝に帰るだけだったしな。キツかったのは3年目からだ。寮から追い出されて自分で近くのアパートに入ったんだけどさ。築30年以上のボロアパートで、トイレも風呂も共同。壁が薄くて隣の部屋のやつのイビキが凄くて、いつも寝不足になってた」 苦笑する蒼史朗に、綾は目を丸くした。 「今どきあるんだ…。そんな昭和チックなアパート……」 「流石に今は取り壊されて、こないだ久しぶりに通りかかったら駐車場になってたよ」 「そうなんだ……」 蒼史朗の話は、自分には未知の領域だ。 食事中に話してくれた調理場でのエピソードも、ビックリするような内容ばかりだった。 「おまえって……我慢強いんだな……意外だったよ」 「ま、先に叶えたい夢があったからな。修行中は無我夢中だった。料理人の世界ってさ、中学や高校卒業してすぐに修行始める子がほとんどなんだ。俺はその点、超遅咲きだったからな。若いあんちゃんたちがすぐに身体で覚えてしまうことが、なかなか身につかない。悔しくて店に居残りして包丁使いの特訓したり、とにかく必死だったんだ」 綾は感心していた。 蒼史朗が料理人というのは意外だったが、学生時代から根性のある男だったから、持ち前の頑張りを発揮して、努力してここまでやってこれたのだろう。 自分に、果たしてそんなことが出来るだろうか。

ともだちにシェアしよう!