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第45話

蒼史朗が作ったファイルには、これまでに必要だった書類が、項目毎に几帳面にまとめてある。 綾は1枚ずつ丁寧に目を通しながら、ふう…っとため息をついた。 「お店始めるって、大変なんだな。すごいよ、この書類の数」 蒼史朗は苦笑して 「そういうの、金出せば全部代行でやってくれるとこもあるけどな。俺なんかなけなしの貯金で起業だから、自分で出来るとこは節約してる」 「料理長やりながらこれもやってたんだ?おまえって、意外にきっちりしてるんだな。もっと大雑把な性格だと思ってた」 蒼史朗はくくく…と喉を鳴らして笑うと 「学生ん時はこういうの、おまえの方が得意だったよな。ま、人間、必要に迫られたら、やる時はやるってことだ」 綾は書類をホルダーに戻して、閉じたファイルを蒼史朗に返し 「ありがと、見せてくれて。俺も一緒に手続き、見に行ってもいいか?」 「退屈だぞ?役所への申請手続きなんて。ただ横で見てるだけだし」 「ん~。むしろ新鮮。こういうの、見る機会なんか俺はあんまりないからね」 綾がそう言ってにこっと笑うと、蒼史朗も楽しげにニヤリとして 「じゃ、来いよ。おまえがいる方が、俺も退屈しないで済みそうだ」 蒼史朗はファイルを持ち上げてひらひらと揺らすと、ドアを開けて車から出た。綾も急いで助手席から降りる。 役場への申請なんて、確かに退屈なはずなのに、なんだか妙にワクワクする。さっき蒼史朗が触れていたおでこが、まだ少し熱を持っている気がした。 「お疲れさん。なんか飲むか?」 建物から出てすぐの壁沿いに並んでいる自動販売機を、蒼史朗が親指でくいくいっと指差す。 「あ~。じゃ、コーヒー。微糖のやつ」 「OK」 蒼史朗は自動販売機の前に歩いていって、色違いの缶コーヒーを2個買うと、1個をひょいっと投げてよこす。それを片手でキャッチした。 「さんきゅ」 「あそこのベンチに座ろうぜ」 建物沿いに長細い園路があって、木陰に少し古ぼけた木製ベンチが設置されている。 先に歩き出した蒼史朗に、綾は小走りで追いつくと 「結構、時間掛かったな」 「だろ?手続きなんて何処も同じだ。散々待たされた挙句に、ああやってまた訳の分からん追加書類が出てくるんだ」 蒼史朗はベンチにドサッと腰をおろすと、缶コーヒーのプルトップを軽快な音をたてて開けた。綾も少しだけ間を空けて隣に腰をおろすと、缶コーヒーを頬にあてた。 照りつける陽射しはだいぶ西の方に傾いて、さっきよりも涼しい風が吹き付けてくるが、気温はまだまだ高い。缶の冷たさが心地よかった。 「次はどこ行くんだ?」

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