97 / 126
挿話「岬と綾」1
精一杯張り付けた笑顔のままで、綾は蒼史朗に背を向けた。
もう慣れっこだ。
こんなことは今までだって何回もあった。
(気にするな。変な顔するな。大丈夫。俺は平気)
心の中で呪文のように呟きながら、2人から逃げるように校門から出て、車道を突っ切り足早に向こう側の歩道に渡る。
このままいつもの道を歩けば、後ろから彼らの楽しそうな声が追いかけてくるかもしれない。それは流石に嫌だった。
唇を噛み締め俯いたまま、家とは逆の方向に足を向けた。角を曲がって、彼らからはもう見えない場所まで来ると、綾はほぉ…っとため息をついて歩くスピードをゆるめる。
俯いていると、じわじわと熱くなってきた目から涙が零れそうになる。
このタイミングで泣くなんて、最悪だ。惨めすぎる。
綾はグッと奥歯に力を込めた。
嫌なのに勝手に涙が滲んでくる。
…泣くなよ。バカじゃん。
手の甲でグイッと乱暴に拭おうとして、その手を不意に掴まれた。
「……っ」
ビックリして顔をあげると、見覚えのある顔が目の前にある。
「ごめん。もしかして、泣いてた?」
気の毒そうな目をして曖昧に微笑み、首を傾げているのは、あまり親しくない従兄弟だった。
名前はたしか……柊野 岬(とうの みさき)。
父の姉の子だ。
小さい頃に何度か会ったことがあるが、ほとんど言葉を交わした記憶もない。
一昨日の夜、突然ふらっと家にやって来てそのまま客間に泊まっている。
まともに顔を合わせたのは、たぶん5年ぶりぐらいだった。
綾は耳までカーッと熱くなって、慌てて岬の手を振りほどき
「離してよ。なに?」
「学校、終わる時間かな?って、迎えに来た」
見られた。泣いている顔を。みっともない表情を。
綾は恥ずかしさに顔を背けながら
「迎えって、なんで?」
「ちょっと話、してみたかったから」
綾はまだ赤い目を見られないように、横目で岬の顔をそっと窺い見た。
「……話?どんな?」
「そんなに警戒、しないでよ。綾くん。家じゃ全然、会話に入ってくれないから。顔も合わせてくれないよね」
微笑みながら話す岬の瞳には、揶揄うような色はない。でも綾は、ますます恥ずかしくなって目を伏せた。
顔を合わせられないのも話せないのも、もともと人見知りのせいだ。ほとんど会ったこともない年上の従兄弟に、どう接していいのか分からない。
ともだちにシェアしよう!