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挿話「岬と綾」2
「別に、警戒してるとかじゃ、なくて、」
「俺が、怖い?」
岬がクスッと笑う。
「怖くないっ……けど」
「俺は君と、もっと仲良くなりたいけどな。歳の近い従兄弟って、君だけだから」
岬の手が伸びてきて、腕にそっと触れた。思わずビクッとなった。
岬には悪いけど、あんまり構って欲しくない。人と親しくなるのに時間がかかるのだ。こんな風に急に距離を縮められても、戸惑ってしまう。
「泣くくらい嫌なら、はっきり言ってやったらいい」
「…は?なに、」
「友だち。親友?蒼史朗くん、だっけ?」
岬の口から唐突に思いがけない名前が飛び出して、綾は息を飲んだ。
「嫌なんだろ?見てたら分かるよ」
綾は目を合わせられずに、岬の唇をじっと睨んだ。
…分かるって、何が?どういう意味?
まるで何でも知っているような目をして顔を覗き込んでくる岬に、一瞬、殺意が湧いた。
…俺のこと、よく知りもしないくせに、なんだそれ。
「離してよ!何言ってるんだか、全然」
ビシッと手を振りほどくと、綾は真っ直ぐに岬の目を睨みつけた。
通りの向こうから、小さな子ども連れの若い女性が歩いて来るのが見えた。
「ふーん。そういう顔、出来るのか。気が小さいってわけでもないんだな。大きい声だって出せる。だったら、君の鈍感な親友くんにもっとはっきり言ってやればいいんだよ」
歩道の真ん中で揉めている自分たちに、不審な表情を浮かべる親子連れの存在に気づいたのか、岬はちらっとこちらに目配せすると、腕を掴み直して車道の方に歩き出した。
…なに、こいつ?
引きずられるようにして歩き出した自分の足を、グッと踏ん張って抵抗してみる。だが、自分より10cm近く長身の岬の力は、細身の体型のわりに強くて、ズルズルと向こう側の歩道まで連れて行かれてしまった。
歩道の奥には、鬱蒼と木々の生い茂った小さな公園がある。
岬はこちらの抵抗を無視して、ずんずん歩いていく。
公園の中に入ったところで、綾はもう一度、掴まれた腕を強く振りほどいた。
あの親子連れに揉めていると思われたくなくて、見えなくなる場所まではあまり強く抵抗出来ずにいたのだ。
「離せよ!あんた、何なの?さっきから。勝手なことばっか言って。……俺、帰る」
岬に背を向けその場から離れようとした時
「綾ってさ、蒼史朗くんのこと、好きでしょ」
岬が低い声で囁いた。
綾は足を止め、後ろを振り返る。
岬の顔には、さっきまではなかった意味深な笑みが浮かんでいた。
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