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挿話「岬と綾」4

うちの高校には、今はほとんど使われていない旧校舎があって、山を切り崩した崖を背に建っている。 この公園は木々の生い茂る小道を奥の方に向かうと、その裏山へと通じているのだ。 草が生え放題であまりきちんと手入れされているとは言えない公園だから、高校周辺の住宅街の住民には、ほとんど利用されていない。 学校が終わるこの中途半端な時間帯は特に、自分たちの他には人影は皆無だった。 岬は、何故か勝手知ったる様子で、こちらの腕を掴んでずんずん公園の奥へと歩いて行く。 この辺のことなど、何も知らない余所者のはずなのに。 「ね…何処まで、行くんだよ?」 綾は不安になって、小さな声で問い掛けた。 「別に何処にも行かないよ。ほら、あそこ。東屋があるでしょ」 岬の指差す方に目をやると、たしかに公園内でもひときわ大きな木の脇に、小綺麗な東屋がある。 ……え。この公園にこんな屋根付きの場所なんかあったっけ…? 綾は首を傾げ、ちょっと不思議な気分になった。 よく知っている場所なのに、まるで違う空間に迷い込んだような変な感じだ。 「岬…さんって、この辺、詳しいの?」 「岬、でいいよ。呼び捨てで。俺も綾って呼んでるから」 岬はちらっとこちらを振り返り、質問には答えずににこっと笑った。綾はぷいっと目を逸らし 「呼び捨て……俺は許可してないけど」 岬に聞こえるか聞こえないか位の小さな声でボソッと呟く。 「知らないよ、この辺りは。俺、こっちには住んだことないし。でもこの公園は探検済み。朝からずっとウロウロしてたからね」 岬の独り言みたいな答えに、綾は驚いて彼の顔をまじまじと見つめた。 ……朝から……ずっと……? こんな所で半日も、いったい何をしていたのだろう。 楽しそうに微笑んでこちらを見返す岬の表情を見ていても、何を考えているのかまったく分からない。 綾は、何となく不気味になってきた。 岬はたしか、自分より2つか3つ年上だ。 ということは、今、大学生か社会人だろう。 急に我が家にやってきて泊まっていること自体、不思議だったのだ。でも日中は学校か仕事場に出掛けているのかと思っていた。 休みなのだろうか。 「岬さんって……社会人?大学生?」 「大学、行ってるよ。あそこ、座ろうか」 岬はそう言って、東屋に歩いて行く。 綾は一瞬戸惑ったが、仕方なく後に続いた。 何となく不気味だが、逃げ出すほどじゃない。それより岬がここで何をしていたのか、自分にどんな話があるのか、ちょっと興味があった。 ……確かめたいし。さっきのこと。

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