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挿話「岬と綾」9
「蒼と……蒼史朗と、同じ大学なんて、言ってない。俺」
ボソッと反論すると、岬はひょいっと顔を覗き込んできて
「ほんとか?目指してない?」
「あのさ。岬さんが、勝手に思っただけじゃん。俺は、ひと言もそんなこと言ってないよね」
語気を荒げると、岬はにこ…っと蕩けるような笑顔を浮かべて
「そっか、うん、そうか。だったらいいんだ。だよな、おまえだって分かってるよな」
うんうんと嬉しそうに頷き独りで納得している岬に、だんだん腹がたってきた。
何を、俺が分かっているというのだ。
むしろ、岬は俺の何が分かるというのだろう。
謎掛けばかりの、こんな意味不明で曖昧なやり取りは、もううんざりだ。
「岬さんはさ、勝手な妄想、好きだね。なんかひとりで分かったフリしてるけど、本当は何にも考えてないんでしょ」
「いーや。考えてるよ。俺はおまえが傷つくの、嫌なんだ」
「だから。俺がなんで傷つくの?ちゃんと理由、言ってよ」
ムキになって身を乗り出すと、岬の長い腕が伸びてきて、両肩をガシッと掴まれた。
「……っ」
「おまえはあいつだけが好きだけど、あいつはそうじゃない」
岬の強い眼差しが、こちらの目を射抜く。
綾は息を飲んで、喘ぐように口を開けた。
「…っなんで、…そんな決めつけ、」
「だってそうだろう?綾。おまえは同性しか好きになれないだろ。もうずーっと前から親友にぞっこんだ。でもあいつは、おまえの親友くんは、女の子が大好きだろ。あいつにカノジョが出来る度に、おまえ、傷ついてきたんだろ?おめでとうって言いながら、あいつのいないところで、何度も泣いてただろ?」
綾は薄く開いた唇を震わせた。
……なんで……あんたに、そんなこと、
「あいつはやめておけ。生きてる世界が違うんだ。おまえはこれから先も、ずっと傷つき続けるだけだ。ゲイなのに、ノンケなんかに恋したら、おまえの傷口は塞がらないよ」
「もう、やめてよ!」
綾は悲鳴のような声で叫ぶと、肩を掴む岬の腕を反対にギュッと握り締めた。
「もうやめろって。なんなんだよ、あんたは。どうしてそんなこと、あんたに言われなくちゃ、いけないんだ。俺のことなんか、何も知らない癖に!」
「知ってる!」
岬は同じぐらい大きな声で怒鳴ると、こちらの手を乱暴に振りほどき、両頬をガシッと掴んだ。
「俺はおまえと同じだ。綾。おまえと俺は、同じ世界に生きてるんだよ。おまえのこと、分かってやれるのはあいつじゃない。俺だ」
大きな手が頬を包み、乱暴に揺さぶってくる。視界が激しくブレて、岬の顔がじわっと滲む。
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