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挿話「岬と綾」19
「ね、みさ」
「やめておけって。ノンケなんか好きになるの」
思わず零れ落ちてしまった問いかけに、岬が言葉を重ねてくる。
「俺でいいだろ?綾。俺にしとけよ」
綾は言いかけた言葉をひゅっと飲み込んだ。
そんな風に言われたいんじゃない。違う。
「俺ならおまえの気持ち、ちゃんと分かってやれる。あいつはやめておけ。辛い思い、するだけだ」
「……そういうこと、聞きたいんじゃないから」
「そういうことだろ。結果は見えてるんだよ。同じ性的指向のやつ同士、付き合った方がいいに決まってる。俺はおまえを抱けるけど、あいつはおまえを抱けない。結局はそういうことだろ?」
綾はぎゅっと眉を顰めた。
やっぱりダメだ。岬とは話が噛み合わない。
こいつはやっぱり異星人だ。
言葉が通じる相手じゃないのだ。
一瞬でも、自分の気持ちを分かって欲しい、見つからない答えを教えて欲しい、そう思ってしまった自分が馬鹿だった。
黙り込んだ自分を見て、納得したと思ったのか、岬がまた腕を伸ばしてきた。肩を抱かれそうになって、綾はすかさず身をかわし岬から距離を置く。
「やめてよ。触んないで」
「ちぇっ。おまえって、素直じゃないなぁ。でもそういうところも可愛いけどね」
何が楽しいのか、岬はご機嫌な様子でふふっと笑うと
「この道、しばらく行くと二股に分かれててさ、右に行くとぐるっと遠回りして団地の方に抜けられるんだ」
言いながら、曲がりくねって先の見えない道の先を指し示す。
「……地元じゃないのに、知ってるの?」
「調べた。地図アプリで」
「いつ?」
「おまえ、学校終わるまで暇だったからね。さっきのベンチでずっとスマホいじってたんだ」
綾はますます眉を寄せると
「……暇人。ほんと、あんたって変な人」
「行くぜ。おばさんから頼まれた買い物しに」
岬は首を竦めると、先に歩き出す。
綾はしばらく黙って岬の後ろ姿を見つめていた。
このまま岬を無視して今来た道を戻れば、またさっきの公園に出てしまう。
戻るのは嫌だった。
ならば岬の後を追うしかない。
仕方なくのろのろと歩き出すと、自分を待って足を止めこちらを見ている岬と目が合った。
一緒に行こうと誘われて、のこのこついていっている感じが嫌だ。岬の言葉に、自分は少しも納得なんかしていないのだ。
ムスッとして足を止める。
岬は、何故かまた楽しそうに笑って、こちらに背を向け歩き出した。
……なに。そのドヤ顔。……すごいムカつくんだけど。
勝手に勘違いしている岬に、とりあえずついていくフリをして、団地が見えてきたら走って逃げればいい。
綾は心の中で自分に言い聞かせ、一定の距離を保って岬の後をついていった。
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