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挿話「岬と綾」24
「大丈夫だって」
「ごめん……なさい」
「ほんと、大丈夫。謝るなよ」
「………………」
綾はそっと目を伏せた。
病院からずっと付き添って自宅に戻り、2階の岬用の部屋に来てからもう2時間経つ。
岬は痛み止めの薬のせいで、うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返していた。
時折目覚めては、同じ会話をする。そしてまた唐突に眠りに落ちていく岬を、ベッドの傍に置いた椅子に座って見守っていた。
「水……飲みたい。喉が、カラカラ」
しゃがれてはいるがハッキリとした口調の岬の言葉に、綾はハッとして顔をあげた。
「水?」
「うん。悪いけど」
「ううん。あ、待ってて。持ってくるから」
綾はぴょこんっと立ち上がると、急いで部屋を飛び出した。
1階のキッチンで冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、食器棚のカトラリーケースにストックされているストローを1本掴んだ。
仕事を早退して一緒に病院に付き添っていた母は、疲れた顔をしてソファーに座り込み、スマホで誰かに電話をしていた。
「……あ、綾。岬くん、起きたの?」
「うん。水、飲みたいって」
綾が振り返って、手に持ったペットボトルを振ってみせると、母親は頷いてまた通話に戻る。
部屋に戻ると、岬はベッドから身を起こそうとして顔を顰めていた。
「まだ、動かない方がいいかも」
綾が慌てて声を掛けて歩み寄ると、岬は顔を顰めたままこちらを見上げて
「…ってぇ〜。なんだこれ、俺の身体、どうなってる?」
苦笑する岬に、綾は俯いた。
怪我の内容はうつらうつらしている時に説明したはずだが、やはり意識がハッキリしていなかったのだろう。
「打撲と……左腕の骨折。全治3ヶ月って」
「うわーお。マジか」
「その程度で済んでよかった…って」
「ほんと、それな。死んだかと思ったわ」
岬はニカッと笑うと
「ありがと、水」
「うん」
綾は岬と目を合わせられないまま、ペットボトルのキャップを外してストローを差し込み、椅子に腰をおろして岬の方に手を伸ばす。
「な〜んだ。ストローか。綾の口移しのがよかったな」
笑い含みに呟かれて、綾はちらっと視線をあげる。目が合った岬は、なんだか面白そうに微笑んでいた。
「……そっちがいいなら、そうする、けど」
目を逸らして綾が小声で答えると、岬はぶぶっと吹き出した。
「りょ〜うくん、おまえってほんと、可愛いよなぁ。なんだよ、その叱られたガキみたいな顔。なに?俺の我儘、今ならなんでもきいてくれる感じ?」
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