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挿話「岬と綾」25
綾は、じと……っと岬を睨みつけた。
でも正直、彼の軽口に簡単に反論は出来ない。
身を呈して庇ってくれたのだ、岬は。
急ブレーキをかけながら車が突っ込んできた時、岬は腕を掴んで引き戻し抱き込んでくれて、弾みで車の側面にぶつかり、道路に吹っ飛ばされた。地面に転がる瞬間もこちらの身体を胸の中に包み込んだまま、事故の衝撃のほとんどを受けてくれた。
かすり傷だけだった。自分が受けたのは。
本当なら、不注意の報いを受けるのは自分の方だったのに。
「……反論しねえの?」
「しない。命の恩人だから」
すかさず答えると、岬はハハッと乾いた笑いを漏らし
「じゃあ綾くんは、俺の言うことなんでもきいてくれちゃうんだな」
綾は答えず、ぷいっとそっぽを向いた。
「いいのか?俺って最低な男だからさ。おまえの弱みにつけ込んで、いろいろ要求しちゃうかもよ?」
横目でちろっと睨みつけると、岬は楽しげに微笑んでいた。
でも、明るく軽口を言うその声はもつれているし、顔色も悪い。無理をしているのだとわかる。
脳震盪を起こして、救急車で搬送された病院でもなかなか意識を取り戻さなかった。
ほとんど怪我らしい怪我もせずに一緒に運ばれた綾は、岬の治療が終わるまで心臓に冷たい刃でも当てられているような気分だったのだ。
もし、このまま目が覚めなかったらどうしよう。万が一、岬が……。そんなことになったらどうしていいのかわからない。
「……いいよ。言うこときく。あんたが……岬さんが、そうして欲しいなら」
声が掠れた。でも精一杯の気持ちだ。
命に別状はないと医者から聞かされた瞬間、ほっとし過ぎて床にへたりこみそうになった。
「おーい。綾くん?」
岬がくすくす笑いながら、怪我をしていない方の手をあげてひらひらと揺らした。
「大丈夫か?おまえの方が、なんか死にそうになってるよね」
綾がぱちぱちと瞬きをすると、岬はちょっと困ったように眉をさげ
「あのさ。事故ったの、俺がふざけておまえに怠絡みしたせいでしょ。悪いのはどっちかって言うと、俺の方な?」
「…でも、」
「綾は怪我してねえの?頭とか打ってない?」
「うん。あんたが…庇ってくれたから」
岬はほっとしたように頷いて
「じゃ、よかったじゃん。ってか、俺ってめちゃくちゃかっこよくね?よく間に合ったよなぁ。頭ん中真っ白になってさ、夢中で飛び出してたわ」
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